“ハズレ枠”の私を愛してくれたのは、あなたでした――忘れたふりをしていた恋の、その続き
第11章 お揃いが増える日

―親のOKが思ったよりアクセルでした~半クラなんて知らないよ~―

小樽の運河の灯りが、遠く青く光る。

陰になった人気のない横道で、静かに二人抱き合っていた。
ふっと、抱きしめる力が緩んで、その手がまなの頬へと添えられた。
温めるように包まれて、上を向かされる。
真剣な陸の目には、ゆらゆらと情熱の火が揺れている。
こくん、と緊張から、まなの喉が鳴った。

「……まな。
 ――結婚、しよう」

予想していなかったわけではない。
なのに、実際に耳に届いたその言葉に、びくりと身体は反応し、心臓が痛いくらい苦しい。

「……俺がまた、同じことで……。
 まなを傷つけることがないように……保険をかけさせて」
そう言いかけて、陸は言葉を止めた。
保険という言葉にまながきょとんと陸を見つめる。
「……ごめん。
かっこいい言い方じゃないね」
それでも、まなから目を逸らさずに続ける。
「俺が離れたくない。
……ただ、それだけなんだ。
もう……簡単に切れてしまう関係は、嫌なんだ」
陸の本気が、痛いほど伝わってくる。
頬に添えられた手は、優しく包んでくれているのに、まなを離さないというような決意を感じた。

「……こんな私で、いいのかな。
……私ね。
自分のこと、そんなに好きじゃ……ないんだ」
高校の時の別れの瞬間が脳裏に蘇る。
「……俺も一緒だよ」
陸は、困ったみたいに笑った。
「正直、外からの評価には……そんなに自信ない」
高校の時の自分なら信じなかっただろう。
だけど、海という彼の弟をよく知った今では、それは確かに陸にとってはそうだったのかもしれない。
「……でもさ」
「まなが好きだって気持ちだけは、自信あるんだ」
陸の目が、やさしく細められる。
“愛しい”という感情が色濃く乗った、まなを落ち着かなくさせる、目。
「……私も」
「陸くんを好きな気持ちだけは、誰にも負けたくない」
ほんの少し息を吸ってから、まなは続けた。
「だから……。
私を、陸くんの妻にしてください」
言葉にした瞬間、頬に添えた手がまた大きく震えた。
陸の目が、泣きそうなふうに一瞬歪んで、そして笑った。

そのまま、そっと唇を重ねた。
ゆっくりと、誓いを立てるように。

まなが小さくくしゃみをしたことで、急に現実に戻ってくる。

「……帰ろうか」
陸が手を握る。
まなも、ぎゅっと力を込めてそれに応えた。

この路地に入ってきたときよりも、ずっと二人の寄り添う距離は近かった。


楽しかった北海道の滞在期間も、気が付いたらあっという間だった。
三人並んで北海道を後にする。
彼は羽田に着いたあたりから目に見えて口数も減り、握りしめられた手は小刻みに震えていた。
まなも、釣られるように緊張してくる。

自宅の前まで来ると、覚悟を決めてまなは自分の家のチャイムを押した。
「た、ただいま……」
ぎこちなくなりつつも、何とかまなが帰宅の挨拶をすると、隣で陸が腰を九十度に曲げて礼をした。

「突然の訪問をお許しください。
 本日は、まなさんのことで――ご挨拶とお願いがあり、伺いました。
 何より……まなさんを一週間もお預かりしてしまい、本当に申し訳ありませんでした」
「す、すみませんでしたっ!」
陸の勢いに釣られて、海まで慌てて頭を下げる。

母は一瞬ぽかんとした表情を浮かべ、そしてふわりと優しい笑みを浮かべた。
「お久しぶりね、陸くん。
 そんなに畏まらなくても大丈夫よ?」
その声に陸が更に深く頭を下げ、緊張が伝わってくる。
「まぁまぁ、玄関先じゃ寒いでしょ。
 まな、リビングに上がってもらって?」

リビングでは大型のこたつの前に皆が集う。
父はこたつで、ぬくぬくしていた。
「おー、帰ってきたね!
寒かっただろうし、みんな遠慮なく入って!」
父はいつもと変わらないのんびりとした調子だが、さすがに海も陸の緊張を察し、こたつには入らず兄の斜め後ろに正座した。
陸が再び深呼吸して挨拶を切り出そうとした瞬間、母が優しく手で制した。
「いいのよ陸くん。さっき玄関で丁寧に挨拶してくれたでしょう?
まなを一週間も面倒見てくれたみたいだし……」
そこで母は、二人の表情をそっと確かめる。
陸はこくりと頭を下げた。

父はと言えば――にこやかに海へ向き直る。
「海くんのことも一緒に面倒見てくれてありがとう!」

(……うん?)

陸が控えめに補足する。
「あ、あの……海は弟なので、お気遣いなく……」
その言葉に父は目をまん丸にした。
「弟!? えっ、君、海くんのお兄さん!?」
さっと陸が再び頭を下げた。
「ご挨拶が遅くなってすみません。
 浅瀬陸と申します。
 そこの海の兄で、そして……、まなさんとお付き合いをさせていただいています」
陸だけに頭を下げさせるのは違うと思い、まなも一緒に両親へ頭を下げる。
並んで頭を下げる二人を見て、父の表情が笑顔のまま固まった。
「……ここで挨拶をするのが、弟の方でなくてすみません。
 ですが、まなさんのことを、これからも誠実に大切にしたいと思っています」
きっぱりと言い切った陸に、まなの頬が赤く染まる。
「……ごめんね、おじさん。
 ややこしくしちゃって。
 まなは昔から兄ちゃんのことが大好きで、兄ちゃんも一緒だよ。
 兄ちゃんほどまなを愛してる男はいないって、俺が保証する」

陸と海の真剣な言葉に、父の方が慌てて謝った。
「ごめん、陸くん!
 君に不満があるわけじゃないんだ!
 ただ、勝手に海くんがまなの彼氏なんだと思い込んでいて、ちょっと混乱しただけなんだ!
 本当にごめん!」
そんな様子を見て、母がくすくす笑う。
「ごめんね、陸くん。
 夫はちょっと抜けているの。
 私はわかっていたわよ?
 初めて陸くんにあった時から、あ、この二人付き合っているんだなって」
母の言葉に、陸とまなは揃って真っ赤になった。
あの頃は付き合ってはいなかったけれど、まなの方は好きな自覚があったし、きっと陸の方もそうだったのだろう。
「だから、今ここで陸くんがまなの彼氏として挨拶してくれて、嬉しいわ」
「……ありがとうございます」
母の言葉に、陸が噛みしめるように感謝を述べると、改めて丁寧に頭を下げた。

「……実はもう一つお願いがあって参りました」
陸の言葉に、海が驚いて兄を、まなを見る。
「まなさんと、結婚を前提にしたお付き合いをさせていただきたいと思っています。
 婚約を、許していただけないでしょうか」
「お願いします」
頭を床に付きそうなほど下げる陸に合わせて、まなも同じように頭をさげて両親へお願いをする。

「……結婚はいつ頃を考えているの?」
静かに母が問う。
陸は真摯に答えた。
「まなさんが大学を卒業した頃を考えています。
 まなさんにとってマイナスになるようなお付き合いはしたくないと思っています」
「……陸くんは、北海道でお仕事をしているんだよね?」
今度は父が尋ねる。
「はい。
 遠距離恋愛になるので、それもあって少しでも確実な形が欲しいと思い、お付き合いを婚約という形にしたいと思っています」
両親が、お互いに顔を見合わせて、そして頷き合う。
「そっかぁ、そうなんだね。
 陸くんは、全国転勤のあるお仕事だったよね」
「はい」
「ならさ、もう、結婚しちゃいなよ」
投げかけられたまさかの言葉に、まなが固まる。
結婚は卒業してからの遠いことと思っていたので、陸が困ってしまうのではと少し思いながら彼の方を見る。

――陸の顔は、喜色に溢れていた。

「いいんですか?!」
迷いのない彼の喜びに、まなの不安はすべて消えた。
まなへの気持ちは自信があると言ってくれたその時の声が、耳の奥から聞こえてくる。
まっすぐに自分との未来を選んでくれる彼の気持ちを疑うことは、もうなくなった。
「ええ、もちろんよ。
 陸くんが私たちの息子になってくれるなんて、嬉しいわ。
 気持ちがそこまで固まっているのなら、婚約なんて中途半端なことはしないで、まなと結婚してちょうだい。
 遠距離で、覚悟が固いなら――“約束”より“家族”のほうが強いでしょう?」
母がにっこりと笑って陸の肩に触れた。
父はこたつから出てきて、陸と海二人に抱き着こうとする。
「陸くん、歓迎するよ!
 そして海くん……冗談だけど、よかったらうちにはあと二人娘がいるけど、どう……?」
父の言葉に、海が苦笑いを浮かべる。
「まなの代わりはいないし、なおちゃんの代わりも、ゆめちゃんの代わりもいないでしょ?
 おじさんたちが一番わかっている癖に、そういうこと言う?」
海の言葉に、「そんな海くんだから、僕たちは君が大好きなんだよ」と海の頭を撫でる。
海は照れ臭そうに、笑っていた。

そのあと、くつろいでいると、話が落ち着いたのを察したのか、なおとゆめがリビングに入ってくる。
「まな、おっかえりー!
 そして、海くんと……まさかの”トイレの貴公子”!?」
思わず陸に指を差しそうになるなおの手をゆめが払い落とす。
「ごめんなさい、デリカシーのない姉で。
 改めて、いらっしゃい、浅瀬先輩と海くん。
 お土産のチョコレートとカニ、待ってます」
にっこりと笑顔を浮かべて、そっと差し出した手の角度が、明らかに“お土産ください”と言っていた。

陸が慌てて、お土産買ってきました!と言う。
おかしいと思っていた。
陸は実家に帰るのに、いやに荷物が多いんだなと思っていた。
その理由がうちへの手土産だったとは……。

「ご、ごめん陸くん!
 気を遣わせて!
 お金、私払うから……!」
まなが真っ青になるが、陸は笑って首を振る。
「一応、賞与もらったばかりの社会人だよ?
 そして……引きこもりの社会人だったから。
 ……お金はちょっと、余裕あるからこのくらいは気にしないで」
陸は、両親へ安心材料として何枚か給与明細も渡そうとする。
両親はそこまでは、と遠慮した。
「ありがとう、陸くん。
 堅実なのは素敵ね。
 だけど、これから結婚するならお金はたくさんあるに越したことないから、今度からはこんなに気を遣わないで。
 今回はありがたくいただくわね。
 みんなで今から食べましょう?」
母の言葉に、みんな一気に沸いた。
陸ははにかみながら、ありがとうございますと伝える。

全員が黙々とカニを食べる。
遠慮してあまり手を伸ばさない陸に、もう息子になるんだから世話くらい焼かせてと、母の手で剥かれたカニが並べられていく。
その言葉に、今度はなおが驚いて陸の顔を見る。
「は? え?
 まな、結婚……というか彼氏いたの!?」
「……なおちゃん、年末に浅瀬先輩がまなちゃん送ってきたの見たときに何も思わなかったの?
 というか、高校の時に付き合ってたでしょ、二人」
呆れたように言うゆめに、それでもなおは驚きを浮かべたままだった。
「いやいや、わかんないって!
 というか、高校の時にまなに付き合っていた人がいたことも知らなかったよ!」
なおの言葉に全員が苦笑を浮かべる。
「でも、そっかぁ……まな結婚するのかぁ……」
ほんの、なおが寂しそうにまなの顔を見た。
ゆめも、下を向いた。
カニの咀嚼は、二人とも止めない。
「ちょっと、しんみりするのかカニ食べるのか、どっちかにしてよ」
まなが突っ込むと、二人ともちょっと気まずそうにする。
「「……いや、だって美味しくて」」
「こういうときだけ三つ子力発揮しないでよ……」
その三人の様子に、陸と海が揃って吹き出した。

「正月とか、連休で帰れる時には俺も実家に戻るから……まなもこっちに残るようにするよ」
陸の言葉に、ゆめとなおが、揃って笑顔を浮かべた。
「本当、仲良し姉妹でいいね」
海がにっこりと笑って言うと、負けじとなおも返す。
「そういう海だって、貴公子と仲良しじゃん?」
「”貴公子”言わない!」
ゆめがもう一度改めてなおを叱りつけた。

父が、聞いたらまずいんだろうなと言うような表情を浮かべる。
それでも気になったようで、「……その、”トイレの貴公子”って、何のことなのかな?」と尋ねた。
海が爆笑しながら、熱心な保健委員長に代々付けられていたあだ名を伝える。

「”トイレの貴公子”に”トイレの女王様”かぁ……。
 お似合いだね!」
そんな父を、母が軽く小突くのだった。
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