“ハズレ枠”の私を愛してくれたのは、あなたでした――忘れたふりをしていた恋の、その続き
――しばらくして。
何故か、陸と海を乗せて、両親がさっそく浅瀬家へご挨拶に行きましょうと張り切っていた。
そんなに急に挨拶に行ったら迷惑では、とまなは慌てたが、両親の「うちの後に、今度は陸くんのご両親にご挨拶に行くつもりだったんでしょう?」と言う言葉にその通りだったので頷いた。
両親はまず挨拶が終わるまでは近くで待っていると言う。
上手く行ったら連絡をちょうだいと言われて、上手くいかない可能性を考えて少し震えた。
だが、もう逃げない。
認めてもらえないなら、認めてもらえるように努力するだけだ。
陸が恐れずに向き合ってくれたのだから、これからは自分の番だと、ぎゅっと拳を握って気合を入れた。
程なくして、車は母の運転で浅瀬家へと着く。
父がスーツケースなどを下ろすのを手伝う。
まなが手土産のお菓子を持って車を降りたところで、玄関が空き、中から優しそうな女性が出てくる。
目元は、陸によく似ていた。
「あら!
どうもうちの息子たちがお世話になったみたいですみません!
わざわざ送ってくださるなんて!」
恐縮した様子で頭を下げられてしまい、こちらこそとペコペコと頭を下げた。
見れば父も同じように恐縮した感じで、「こちらこそ、海くんには特にいつもお世話になっております!」と挨拶をしていた。
挨拶の応酬になりかけたところで、がちゃりともう一度ドアが開き、中から背の高い男性が出てくる。
「おや、みんな勢ぞろい?
ご両親もどうぞ、中でお茶を飲みませんか?」
男性の浮かべている人好きのする笑顔は、海によく似ていた。
玄関へ入る前に、陸がまなの肩へ手を置き、「話していた、紹介したい女性です」と伝える。
まなが丁寧に、頭を下げた。
「初めまして。
陸さんとお付き合いをさせていただいている、保坂愛と申します。
不躾に両親まで連れてきてしまい申し訳ありません」
いいのよいいのよ、と慌てて浅瀬家の両親が手を振る。
「陸。
大事な話なんだろ?
ご両親がいるほうが、話も早いしいいじゃないか!」
バンバンと陸の肩を叩いて、彼の父が家へと促す。
相変わらず緊張はしているが、海によく似たお父さんに、まなは息がつけた。
浅瀬家の家具は木目調で、家の中には鉢植えなどの緑が多い。
広いリビングのソファーに、全員が座る。
「まなさん、でしたよね。
初めまして、陸の母です。
いつかあなたにお会いできるんじゃないかって、楽しみにしてたのに……この子ったら、甲斐性がなくって。
ここに来るまでいろいろとやきもきさせたんじゃないかしら。
ごめんなさいね」
彼の母の言葉に、慌ててまなは否定する。
「そんな……!
陸さんは、私にはもったいないくらいの素敵な人です。
でも、こうしてお会いできたのは嬉しいです」
ぺこり、と頭を下げる。
陸が、母の言葉に少し困ったような表情を浮かべたが、咳払いを一つして改めて二人に向き直った。
「父さん、母さん。
もうわかっていると思うけれど、改めて。
こちらが今真剣にお付き合いをさせていただいている保坂愛さん。
そして、結婚したいと考えてる」
「宜しくお願い致します」
まなが、深々と頭を下げる。
陸の両親も、そんなことしなくていいよ!と慌ててまなに頭を上げさせた。
「こんなかわいいお嬢さんがお嫁に来てくれるなんて、よかったじゃないか、陸!」
嬉しそうに陸の父が笑う。
「ええ、息子しかいない家だし、娘ができるのは嬉しいわ」
陸の母も、にこやかに笑った。
「結婚は、まなさんが大学を卒業したくらいかしら?
確か、海と同級生なんだったわよね?」
彼の母が笑顔で続ける。
「……いや、出来たら、すぐにと考えてる」
「……え?」
陸の母の笑顔が固まる。
そしてまなの方を気遣うように見つめると、言葉を選ぶように間を置いた。
「……まなちゃんは、それで大丈夫なの?
陸の気持ちは疑ってないの。
あの子は、本気であなただけ。
陸は一度決めたら融通も利かない。
あなたに無理をさせているんじゃないかと思って」
陸の母の気持ちが、痛いほど伝わってくる。
そのやさしさの形は、どこか海に似ていた。
「……私は、迷っていません。
今、心にあるのは一生を共に歩いていく覚悟だけです」
まなの声は、まっすぐで芯のあるものだった。
その声に、陸の母はふわりと笑う。
「母ちゃん、まなは兄ちゃん追いかけて、北海道まで飛んだ女だよ。
――以上!
何より、”トイレの貴公子”時代を共に過ごし、そしてまな自身も”トイレの女王様”として君臨したのがその証拠だよ」
海の言葉に「ちょっと!」と陸とまなの声が重なり、そして静かに陸とまな、二人の父は吹き出していた。
「ふふ、それなら安心ね。
……陸、あなたはまなちゃんに夫として選ばれ、そしてまなちゃんを妻に選んだのよ。
そのことを、その重さを忘れないで」
「うん、僕が言いたいことは母さんが全部言っちゃったな。
ようこそ、まなさん。
男ばっかりのむさ苦しい我が家に、かわいい女の子が来てくれて嬉しいよ」
陸の両親の言葉で、一気にリビングの空気が和らぐ。
遅れて、改めてと両親たちが挨拶を交わし、まなの母と陸の母が中学の先輩後輩と判ると、懐かしい教師の話題などで盛り上がっていた。
父親同士も、「うちは逆に女の子ばかりで……」などと盛り上がっている。
「よかったな、まな、兄ちゃん。
二人が幸せになるの、一番近くで見守ってやるよ!」
海が朗らかに笑う。
まなと陸は、そっと視線を交わした。
両親たちが笑いあっている姿を見て、結婚が自分たちだけのものでないことを改めて実感する。
家族と家族がつながるという意味を、身をもって実感した瞬間だった。
「結婚後、しばらくは別居婚になるのよね?」
確認するように陸の母が尋ねる。
「はい、大学はきちんと卒業します。
管理栄養士の資格を取りたいので、国家試験に向けて勉強しています」
「あら、懐かしい。
試験前は本当に大変なのよね。
陸、しっかり支えなさいよ?」
陸への釘差しに、海と陸の父が盛大に笑う。
「まなちゃん、聞いているかもしれないけれど、私保育園で栄養士として働いているの。
実際にいろいろな子どもたちを前にして学んでいるから、いつか、そういう日が来たときは安心して頼ってちょうだい」
「「――っ!?」」
二人同時に真っ赤になる。
「……あら、結婚するんだから、そういう想像は……していなかったみたいね」
まなの母が、二人の様子を見て笑う。
陸の母もつられて笑った。
「まぁ、今すぐそうなったらまなさんが困るだろうから――陸、そこは気をつけなさい」
彼の父の言葉に、陸が慌てて頷く。
まなは何も言えず、ただ見つめていた。
「婚姻届用意する?
提出は二人が好きな時にしたらいいと思うけれど、書面は整えていた方がいいよね」
陸の父の言葉に、まなの両親もそれがいいですねと答える。
両親たちも乗り気なのは嬉しいが、とんとん拍子過ぎて少し戸惑う。
「……役所休みなのに、婚姻届って手に入るものなの?」
海が不思議そうに首を捻る。
「別に役所に行かなくても、形式さえちゃんとしていたらいいから、ダウンロードでもいいのよ。
最近ではデザイン婚姻届って言って、可愛いからおしゃれまで様々なものが手に入るわよ?
有名な結婚雑誌の付録にもついているくらいだからね」
その疑問にまなの母が答える。
その後、ネコデザインの婚姻届を見つけてダウンロードすると記入をした。
陸が夫欄にボールペンで一文字一文字書いていくたびに、胸が高鳴る。
“夫になる人”というその印刷された文字だけで、顔が熱くなった。
半分が埋まった婚姻届を、今度はまなが引き継ぐ。
受け取ったボールペンのペン先が震えそうになるのを、必死で抑える。
もう数えきれないくらい書いてきたはずの自分の名前を陸の横に並べるだけで、人生をこの紙に預けているようでじわりと汗が滲んだ。
“同居を始めたとき”の欄以外を埋めると、今度は二人の父が署名欄に記名する。
あとはこれに戸籍謄本を付けたら提出できる形になった。
両親たちに確認してもらって、太鼓判を押してもらうと静かに封筒へと入れる。
たった一枚の紙なのに、何よりも重たい紙。
封筒の口を閉じたとき、まなはようやく――逃げない自分になれた気がした。
何故か、陸と海を乗せて、両親がさっそく浅瀬家へご挨拶に行きましょうと張り切っていた。
そんなに急に挨拶に行ったら迷惑では、とまなは慌てたが、両親の「うちの後に、今度は陸くんのご両親にご挨拶に行くつもりだったんでしょう?」と言う言葉にその通りだったので頷いた。
両親はまず挨拶が終わるまでは近くで待っていると言う。
上手く行ったら連絡をちょうだいと言われて、上手くいかない可能性を考えて少し震えた。
だが、もう逃げない。
認めてもらえないなら、認めてもらえるように努力するだけだ。
陸が恐れずに向き合ってくれたのだから、これからは自分の番だと、ぎゅっと拳を握って気合を入れた。
程なくして、車は母の運転で浅瀬家へと着く。
父がスーツケースなどを下ろすのを手伝う。
まなが手土産のお菓子を持って車を降りたところで、玄関が空き、中から優しそうな女性が出てくる。
目元は、陸によく似ていた。
「あら!
どうもうちの息子たちがお世話になったみたいですみません!
わざわざ送ってくださるなんて!」
恐縮した様子で頭を下げられてしまい、こちらこそとペコペコと頭を下げた。
見れば父も同じように恐縮した感じで、「こちらこそ、海くんには特にいつもお世話になっております!」と挨拶をしていた。
挨拶の応酬になりかけたところで、がちゃりともう一度ドアが開き、中から背の高い男性が出てくる。
「おや、みんな勢ぞろい?
ご両親もどうぞ、中でお茶を飲みませんか?」
男性の浮かべている人好きのする笑顔は、海によく似ていた。
玄関へ入る前に、陸がまなの肩へ手を置き、「話していた、紹介したい女性です」と伝える。
まなが丁寧に、頭を下げた。
「初めまして。
陸さんとお付き合いをさせていただいている、保坂愛と申します。
不躾に両親まで連れてきてしまい申し訳ありません」
いいのよいいのよ、と慌てて浅瀬家の両親が手を振る。
「陸。
大事な話なんだろ?
ご両親がいるほうが、話も早いしいいじゃないか!」
バンバンと陸の肩を叩いて、彼の父が家へと促す。
相変わらず緊張はしているが、海によく似たお父さんに、まなは息がつけた。
浅瀬家の家具は木目調で、家の中には鉢植えなどの緑が多い。
広いリビングのソファーに、全員が座る。
「まなさん、でしたよね。
初めまして、陸の母です。
いつかあなたにお会いできるんじゃないかって、楽しみにしてたのに……この子ったら、甲斐性がなくって。
ここに来るまでいろいろとやきもきさせたんじゃないかしら。
ごめんなさいね」
彼の母の言葉に、慌ててまなは否定する。
「そんな……!
陸さんは、私にはもったいないくらいの素敵な人です。
でも、こうしてお会いできたのは嬉しいです」
ぺこり、と頭を下げる。
陸が、母の言葉に少し困ったような表情を浮かべたが、咳払いを一つして改めて二人に向き直った。
「父さん、母さん。
もうわかっていると思うけれど、改めて。
こちらが今真剣にお付き合いをさせていただいている保坂愛さん。
そして、結婚したいと考えてる」
「宜しくお願い致します」
まなが、深々と頭を下げる。
陸の両親も、そんなことしなくていいよ!と慌ててまなに頭を上げさせた。
「こんなかわいいお嬢さんがお嫁に来てくれるなんて、よかったじゃないか、陸!」
嬉しそうに陸の父が笑う。
「ええ、息子しかいない家だし、娘ができるのは嬉しいわ」
陸の母も、にこやかに笑った。
「結婚は、まなさんが大学を卒業したくらいかしら?
確か、海と同級生なんだったわよね?」
彼の母が笑顔で続ける。
「……いや、出来たら、すぐにと考えてる」
「……え?」
陸の母の笑顔が固まる。
そしてまなの方を気遣うように見つめると、言葉を選ぶように間を置いた。
「……まなちゃんは、それで大丈夫なの?
陸の気持ちは疑ってないの。
あの子は、本気であなただけ。
陸は一度決めたら融通も利かない。
あなたに無理をさせているんじゃないかと思って」
陸の母の気持ちが、痛いほど伝わってくる。
そのやさしさの形は、どこか海に似ていた。
「……私は、迷っていません。
今、心にあるのは一生を共に歩いていく覚悟だけです」
まなの声は、まっすぐで芯のあるものだった。
その声に、陸の母はふわりと笑う。
「母ちゃん、まなは兄ちゃん追いかけて、北海道まで飛んだ女だよ。
――以上!
何より、”トイレの貴公子”時代を共に過ごし、そしてまな自身も”トイレの女王様”として君臨したのがその証拠だよ」
海の言葉に「ちょっと!」と陸とまなの声が重なり、そして静かに陸とまな、二人の父は吹き出していた。
「ふふ、それなら安心ね。
……陸、あなたはまなちゃんに夫として選ばれ、そしてまなちゃんを妻に選んだのよ。
そのことを、その重さを忘れないで」
「うん、僕が言いたいことは母さんが全部言っちゃったな。
ようこそ、まなさん。
男ばっかりのむさ苦しい我が家に、かわいい女の子が来てくれて嬉しいよ」
陸の両親の言葉で、一気にリビングの空気が和らぐ。
遅れて、改めてと両親たちが挨拶を交わし、まなの母と陸の母が中学の先輩後輩と判ると、懐かしい教師の話題などで盛り上がっていた。
父親同士も、「うちは逆に女の子ばかりで……」などと盛り上がっている。
「よかったな、まな、兄ちゃん。
二人が幸せになるの、一番近くで見守ってやるよ!」
海が朗らかに笑う。
まなと陸は、そっと視線を交わした。
両親たちが笑いあっている姿を見て、結婚が自分たちだけのものでないことを改めて実感する。
家族と家族がつながるという意味を、身をもって実感した瞬間だった。
「結婚後、しばらくは別居婚になるのよね?」
確認するように陸の母が尋ねる。
「はい、大学はきちんと卒業します。
管理栄養士の資格を取りたいので、国家試験に向けて勉強しています」
「あら、懐かしい。
試験前は本当に大変なのよね。
陸、しっかり支えなさいよ?」
陸への釘差しに、海と陸の父が盛大に笑う。
「まなちゃん、聞いているかもしれないけれど、私保育園で栄養士として働いているの。
実際にいろいろな子どもたちを前にして学んでいるから、いつか、そういう日が来たときは安心して頼ってちょうだい」
「「――っ!?」」
二人同時に真っ赤になる。
「……あら、結婚するんだから、そういう想像は……していなかったみたいね」
まなの母が、二人の様子を見て笑う。
陸の母もつられて笑った。
「まぁ、今すぐそうなったらまなさんが困るだろうから――陸、そこは気をつけなさい」
彼の父の言葉に、陸が慌てて頷く。
まなは何も言えず、ただ見つめていた。
「婚姻届用意する?
提出は二人が好きな時にしたらいいと思うけれど、書面は整えていた方がいいよね」
陸の父の言葉に、まなの両親もそれがいいですねと答える。
両親たちも乗り気なのは嬉しいが、とんとん拍子過ぎて少し戸惑う。
「……役所休みなのに、婚姻届って手に入るものなの?」
海が不思議そうに首を捻る。
「別に役所に行かなくても、形式さえちゃんとしていたらいいから、ダウンロードでもいいのよ。
最近ではデザイン婚姻届って言って、可愛いからおしゃれまで様々なものが手に入るわよ?
有名な結婚雑誌の付録にもついているくらいだからね」
その疑問にまなの母が答える。
その後、ネコデザインの婚姻届を見つけてダウンロードすると記入をした。
陸が夫欄にボールペンで一文字一文字書いていくたびに、胸が高鳴る。
“夫になる人”というその印刷された文字だけで、顔が熱くなった。
半分が埋まった婚姻届を、今度はまなが引き継ぐ。
受け取ったボールペンのペン先が震えそうになるのを、必死で抑える。
もう数えきれないくらい書いてきたはずの自分の名前を陸の横に並べるだけで、人生をこの紙に預けているようでじわりと汗が滲んだ。
“同居を始めたとき”の欄以外を埋めると、今度は二人の父が署名欄に記名する。
あとはこれに戸籍謄本を付けたら提出できる形になった。
両親たちに確認してもらって、太鼓判を押してもらうと静かに封筒へと入れる。
たった一枚の紙なのに、何よりも重たい紙。
封筒の口を閉じたとき、まなはようやく――逃げない自分になれた気がした。