涙色のアリス 俺の声が聞こえるかい?
 それからしばらくして俺たちは卒業式を迎えた。 今日ばかりは騒いでいたやつらもおとなしくしている。
「3月8日、本日をもって皆さんは本校を旅立たれるわけです。 進学される方もいらっしゃるし就職される方もいらっしゃると聞いております。
それぞれにこの3年間はいかがだったでしょうか? 良いことも悪いこともたくさん有ったでしょう。
その一つ一つは皆さんにとってより良き人生を歩むための糧になったのではないかと思います。 明日からはこれまでよりも増して一人の人間として本校卒業生として恥じることの無い生き方をしていっていただきたいと強く念願するものであります。」
 寒い講堂で長々と校長先生の挨拶を聞きながら入学した時のことを思い出す。 その答えがこの卒業証書になって返ってきたんだ。
重みを感じる人も居るだろう。 軽く感じる人も居るだろう。
でも俺にはそれ以上に楓との思い出が詰まった卒業証書だと思えている。 やっとの思いで楓の心を掴んだんだ。
 裸になった楓を抱いた時、俺は覚悟を決めなきゃなって思った。 楓を強く支えていくんだって。
母親への逆襲とかそんなんじゃないんだ。 ただただ楓をふつうに幸せにしたいだけ。
 隣に座っている楓を見たら証書に目を落として泣き顔を隠していた。

 教室に戻った俺たちを担任も珍しく明るく送り出してくれたんだ。 不思議な気持ちだった。
校門を出たら仕事を抜け出して駆け付けてきた母ちゃんが泣いていた。 「あんた、ほんとに卒業したんだね。」
「そうだよ。」 そう言って卒業証書を母ちゃんに渡す。
 母ちゃんはこれまで学校に来たことは無い。 仕事が不規則だから休めなくてね。
体育祭やなんかも兄ちゃんがちょっと覗いてくれるだけだった。 だから母ちゃんが来たのはびっくりもしたし嬉しかったよ。

 「ちょっと友達と話してから帰るよ。」 「じゃあ先に帰ってるからね。」
母ちゃんを見送ってから俺は楓とスイートに行った。 「叔父さん 卒業したよ。」
「オー、楓ちゃんも社会人になるんだなあ。 桜木君 さっさと捕まえなさい。」 「もう捕まってるわよ。」
「楓ちゃん いつの間に捕まったんだ?」 「私ねえ、最初から桜木君しか見えてなかったの。」
「えーーーーー?」 ウェイターがコーヒーを運びながら頓狂な声を挙げた。
「驚き過ぎだって。」 「だってだってだって、最初からこの人しか見えてなかったなんて、、、。」
「ほんとだよ。 桜木君しか居なかったの。 私に声を掛けてくれた人って。」 「運命だ。 運命の出会いだ。」
叔父さんはカウンターの向こう側で哲学者みたいな顔をしている。 「このままうまくやっていければいいな。」
 まだまだ昼前。 ウェイターがコンビニから弁当を買って戻ってきた。
「楓ちゃんたちもお腹空いただろう? お祝いに買ってきたよ。」 「ありがとうございます。」
 「弁当を食べ終わったら証書を置いてきなよ。」 「そうだねえ。 戻ってきたら美味しーーーいケーキを食べようかな。」
今日も静かに音楽が流れている。 ラジオは桜前線が昇り始めたことを伝えていた。

 その頃、楓の家では? 「てめえら、どうしても俺を怒らせたいようだな?」
「お父さん 何をするんです? やめてください‼」 「お前たちは俺を追放したいんだろう? だったらこいつを人質に死んでやらあ!」
 佐々木さんたちも止めに入ってはいるが聞く耳を持たないらしく後妻を人質にして立て籠もってしまった。
 「どうする?」 「楓さんたちを近付けるわけにはいかないよ。」
「そうだな。 でもこのままじゃあ終わらない。」 そのうちに騒ぎが騒ぎを呼んで家の周りに人たちが集まってきた。
 佐々木さんは思い余って坂本組の組長 輝明を呼び付けた。 「何だと? 重治が立て籠もった? 分かった。 すぐに行く。」
 その様子を見ていた人たちが呼んだのだろう。 パトカーも救急車も集まってきた。
 「安塚‼ 何をしてるんだ‼」 「お前らが踏み込んでこねえようにバリケードを作ってるのよ。 さあ越えられるか?」
実は警察は麻薬ジーメンと一緒になって家宅捜査の手配を済ませた所だった。 その情報を掴んだ重治が立て籠もったわけだ。
 「お付きの人だね?」 捜査員の一人が佐々木さんに声を掛けた。
「そうですが、、、。」 「実は麻薬取締法違反の容疑が掛かってまして、、、。」
「麻薬?」 「そうです。 この家で覚醒剤とコカインと大麻が売り渡されているって情報が有りましてね。」
 佐々木さんはふと考えた。 (麻薬か、、、。 厄介なことになりそうだな。)
「関係者には事情聴取と尿検査を受けていただきますから。」 捜査員が交通整理をしている。
 その時、家のほうからパンという乾いた音が聞こえた。 「銃だな。」
捜査員の一人は機動隊を要請した。 「こりゃあ大変なことになりそうだ。」
検査を済ませた樫本さんは現場を離れてスイートへ飛び込んできた。 「マスターは居るか?」
椅子に座って楓と話していたマスターは樫本さんの慌てている様子に怪訝な顔をした。 「どうしたんだよ?」
 「楓ちゃんの家で親父さんが狂っちまった。」 「何だって?」
後妻さんを人質にして立て籠もったんだ。」 「嘘だ‼」
それを聞いた楓は勢い飛び出そうとしたが、俺もマスターもそれを懸命に抑えて座らせると樫本さんの話を聞いた。

 「何でも親父さんが麻薬取締法違反で家宅捜査を受けることが分かったんだ。 それなもんだから後妻さんを人質にして立て籠もっちまったんだよ。」
「今、現場はどんな様子だ?」 「警察と救急車が取り囲んでいる。 機動隊の出動要請も出てる。」 「機動隊?」
「銃声がしたんだ。 撃たれる危険が有る。」 「そんな馬鹿な、、、。」
 「よし。 行ってみよう。 桜木君は楓を捕まえておいてくれ。」 そう言うとマスターは樫本さんと一緒に出て行った。

 現場では野次馬が増えてきている。 「犯人を刺激しかねない。 野次馬は撤収させろ。」
野次馬を抑えながら重治との交渉が続いている。 「お前一人だったら何もしないぞ。 後妻さんを解放しなさい。」
「無理だ。 その瞬間にお前らは乗り込んでくるんだろう?」 そう言いながら空に向けて銃をぶっ放す。
「ケガ人が出そうだな。 救急隊を後ろに回せ。」 「よし。 機動隊が来た。 俺たちは家に潜入する。」
 重治は威嚇発砲を続ける。 警察はそれを何とか宥めようと交渉を続けている。
そこへ坂本組長がやってきた。 「重治‼ 貴様は何をしでかしてるか分かってるのか?」
「知らねえよ。 引っ込んでやがれ‼」 そう言っては銃を発砲する。
「危険だな。 放水は出来ないのか?」 「いや、この辺りには消火栓が無いんですよ。」
「まいったな。 これじゃあ被害者を出してくれって言ってるようなもんだぞ。」 野次馬はさらに集まってきた。
そして1時間2時間と膠着状態が続いている。
 「いい加減にしないか? 重治‼」 「うるせえ‼」
発砲した球が組長の膝に当たった。 「おい、救急車に運べ‼」
現場はさらに騒然としてきた。

 俺たちはというとウェイターが入れてくれたコーヒーを飲みながら静かな時間を過ごしている。 佐々木さんたちが気にならないわけではないのだが、、、。
楓は何度も席を立とうとした。 そのたびに俺とウェイターが説得して座らせてきた。
でもあれから何時間が経ったんだろう? 窓の外も夕闇に包まれ始めている。
「そろそろ行かないと、、、。」 「ダメだよ。 現場はどうなってるか分からないし誰が居るかも分からない。 そんな所に楓を行かせるわけにはいかないよ。」
「でもお父さんが、、、。」 「警察も踏み込むタイミングを探してるんだ。 巻き添えを食らったら死ぬぞ。」
「それでもいいの。 行かせて‼」 泣き喚く楓を必死に抑えていると佐々木さんが飛び込んできた。
 「どうしたんです?」 「全然ダメなんだ。 警察の説得も聞かない。」
「それじゃあ、、、。」 「私が、、、、。」
「楓さんには無理だよ。 危な過ぎる。」 「でも行かせて‼」
我慢できなくなったのか楓は俺の腕を擦り抜けて飛ぶように走っていった。 「追い掛けよう‼」

 現場では機動隊も加わって安塚重治との睨み合いが続いている。 時々威嚇するように発砲してくる。
隊員が一人二人と倒れていく。 周囲にはテレビ局の車までやってきた。
「いい加減にしないか‼ どうやっても無駄なんだから。」 「そんなことはねえ‼ お前らを一人残らず殺してやる‼」
 真っ暗な中で発砲音だけが聞こえている。 野次馬は捜査員の指示も有ってだいぶ減ったらしいが、、、。
「真っ暗じゃ対処できないぞ。 照明車を呼んでくれ。」 微かに無線が聞こえる。
 その群れの一番後ろに俺たちもやっと入ることが出来た。 「お父さん、、、。」
「どうもあれじゃあ薬にやられてるな。」 「薬?」
「そうだ。 警察から聞いたんだけどここで覚醒剤とコカインと大麻が売り抜けられていたらしいんだ。」 「そんなことをお父さんが?」
「ほんとなら今頃は家宅捜査に入られて全部調べられるところだったんだよ。」 「嘘でしょう?」
 そこへ一人の刑事がやってきた。 「安塚重治の娘さんだね? 話を聞かせてくれないか?」
「話すことなんて有りません。 父はそんな人じゃない。」 「でもね、証拠が出てきたんだよ。 取引をしてるって証拠が。」
「おらーーーーー‼ 野郎ども 消え失せやがれ!」 重治がまたまた騒ぎ立てている。
警察は何とか交渉しようとしているが、、、。 重治は発砲しながら警察が消えうせるように叫んでいる。
 「私が行くわ。」 「ダメだ。 楓じゃ止められないよ。」
「いいの。 行かせて‼」 俺と佐々木さんが必死に腕を捕まえる。
「放して‼ 行かせて‼」 楓はさらに半狂乱になってきたようだ。
「う、、、。」 俺が肘鉄を食らってよろめいた瞬間に楓は飛び出していった。
「やめろ‼ 引き返すんだ‼ 戻ってこい!」 あちらこちらから叫ぶ声が聞こえる。
 楓は重治が立っている窓の下にまでやってきた。 「お父さん どういうつもりなの?」
「お前なんかに話て分かるもんか‼ 消えやがれ!」 「お父さん 私はあなたの娘です。 話してください。」
「うるせえ‼ これ以上食い付いてくると貴様も打ち殺すぞ‼」 「やれるもんならやりなさい‼ でもお父さんも死んでもらうわよ。」
「生意気なことを抜かすんじゃねえ‼ 消え失せろ‼」 「危ないな。 狙撃準備だ‼」
 機動隊が銃を構える中で楓は一歩前に踏み出した。 「怖くねえのか? 貴様も狂ったか?」
「お父さん 私には社会のために働いてるんだって言ってたわよね? あれは嘘だったの?」 「へ。 信じたほうが馬鹿だぜ。」
「お父さん あなたの子供になってこれまでずっと幸せだったわ。 でももう終値?」 「ぶっ殺してやる‼」
重治が引き金を引いた瞬間、楓が倒れ込んだ。 「打て!」
機動隊の銃も重治に向けて発砲された。 「救急搬送だ‼」









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