涙色のアリス 俺の声が聞こえるかい?
 ツインテールの黒髪に細い丸顔。 顎がチョンと出ててどっか可愛い子。 それなのにこれまで誰も付き合ったやつが居ない。
俺だって放課後の教室で話し込むのがやっとだ。 (楓はどんな男が好きなんだろう?)
 話しぶりから嘘が無くて正直で裏表が無くて一本気なやつが好きそうだってことはなんか想像できる。 でもそれ以上はまだまだ分からない。
お母さんやお父さんのことは何故話したがらないのだろう? 何かされてきたのかな?
 でも教科書やなんかは揃えてもらってるみたいだからそこまで問題は無いのかな? そんなことを考えながら家に帰ってくる。
部屋に入るとパソコンを開いてsnsを確認する。 xにだってたくさんの投稿が溢れている。
 過去のニュースを集めたサイトも覗いてみた。 でも気になるようなニュースは見当たらなかった。
「楓は何を気にしているんだろう? 不思議だよな。」 食事をしながら楓のことを考えてみる。
それでもまったく分からない。 何がどうなってどうしたらああなるのか?
風呂に入っても頭の中は楓の疑問でいっぱいだ。 探偵でも頼みたいくらいに。
 何となく消化不良のままで朝を迎えた。 いつも通りに朝食を済ませてバッグを持っていざ出発。 7時48分のバスに飛び乗るとそのまま学校の近くへ。
バスを降りて歩いていると反対側からアリス、いや楓が歩いてくるのが見えた。 はっきり見えるように手を振ってみる。
どうやらあっちでニコッとしたらしい。 俺はどっか安心して校門の前で立ち止まった。
 「よう、お前 あの女が好きなのか?」 知らない男が声を掛けてきた。
「友達だけど。」 「ほう、友達なのか?」
朝からうざい男に絡まれているようだ。 「お前の柄であんなかわいこちゃんと友達になれると思ってるのか?」
(うざいやつだなあ。 何だいこいつは?) 俺が無視していると男が苛立ってきたようだ。
 「よう、聞いてんだ。 答えやがれ。 お前みたいなやつがあんなかわいこちゃんを捕まえられると思ってるのか?」 「うっせえなあ。 どっか行けよ。」
「何だとこの野郎? 俺を怒らせたらどうなるか思い知らせてやろうか?」 そこへ楓が近付いてきた。
 「楓‼ 来るんじゃない‼」 「てめえ、この女に手を出してただで済むと思うなよ‼」
 男はさらにすごんできた。 「国東さんね? ここで何をしてるの?」
「こいつがお前に手を出そうとしてるから叩き直してやってるんだ‼」 「そう。 無駄なことはしないほうがいいわよ。」
「何だと? てめえもこいつに毒されてるのか?」 「そんなんじゃなくて、この人はただの友達だから。」
「うっせえ‼ そう言うんなら証拠を出しやがれ! 無いんだろう? ハハハ、お前たちの負けだな。」 男はなおも俺に絡んできた。
 楓はスッと身を交わすと昇降口へ飛び込んでいった。 「ほら、俺を怖がって逃げちまったぞ。 さあどうする?」
始業前のバタバタしている時にこんなのに絡まれてる余裕は無いんだ。 何とかしないと、、、。

 俺が何も出来ずに男と睨み合っていると1台のアルファロメオが走ってきた。 (見たことの無い車だな。)
その車から3人の男が下りてきた。 (何だいこいつら? もしかしてグル?)
 その一人が国東という男に近付いていく。 「よう、国東さん。 ここで何をしてるんだ?」
(見りゃ分るだろう。 こいつが女を虐めてたからとっちめてやってんだよ。」 「ほう、それでこいつは何か言ったか?」
「今のところは無視を決め込んでやがる。 でもな、俺に掛かれば勝てるやつは居ないんだ。」 「お前なあ、場所くらい考えたらどうなんだ? ここは高校の真ん前だぞ。」
「いいじゃねえか。 何処だって。 我慢ならんからとっちめてるまでよ。」 「いい加減にしろ国東‼」
 黙っていた青いスーツの男が前に出てきた。 「だいたいなあ、お前らこそ何なんだよ? 俺にあれやこれや支持したいのか?」
「これを見ても何とも思わねえのか? 国先よ。」 「何だ?」
 その男が桜と菊の紋章が入ったバッヂを指差した。 「そ、それは、、、。」
「気付いたようだな。 あの子は坂本組のお嬢様だ。 消される前に消え失せろ!」 「は、、、、。」
 さっきまですごんでいた男は塩を掛けた菜っ葉みたいに萎れちまった。 その後ろから楓が歩いてきた。
「楓さん 大丈夫っすか?」 「私は何ともないわよ。 何もされてないから。 それより今は始業前だから彼を行かせてあげて。」
「分かりました。 じゃあ失礼します。」 「いきなり驚かせちまったな。 ごめんな。 楓さんをよろしく頼んだよ。」
男たちは車に乗り込むと一礼してさっさと行ってしまった。

 「楓、、、。」 「ごめんね。 驚いたでしょう? でもみんなには内緒にしといてね。」
まさか楓が坂本組のお嬢様だったなんて、、、。 だからなのか、みんなとこれまで話をしなかったのは。
 ちょうど、みんなが集団で投稿してくる前だったから助かったよ。 みんなが居たら大騒ぎどころじゃないだろう。
「アリスに近付くな。 やられるぞ。」って誰彼構わず言い触らすやつだって出てくる。 そんなことはさせない。
 教室にまで来ると楓はいつもの顔になって椅子に座った。 (それにしてもあの男たちをどうやって呼んだんだろうな?)
でもまあそれは楓に聞いたって教えてくれるはずが無い。 そんなのが知れたら学校中で大問題になっちまうからな。
 それはそれ、これはこれ。 俺の頭の中には桜と菊の紋章が入ったあのバッヂがクルクルと回っている。
坂本組と言えばこの辺じゃあ坂本商事ってガソリン屋灯油を扱っている大本が在る。 他にも出版社とか税理士の事務所とか持ってるって言ってたな。
安塚武夫は坂本組の筆頭組頭で安塚組の組長。 安塚建設の社長で奥さんは県議会議員。
その次女が楓。 長女はクラシックバレーのダンサーだ。
 でも安塚組には覚醒剤や大麻の疑惑がいつも付きまとっている。 怪しいと思えば警察はいつもがさ入れをしに来るらしい。
ホームページで調べてみるとそんな情報が出てきた。 (楓はそれでもなんとか絡まないようにしてるんだな。)
 今朝のあの男たちは坂本組の用心棒らしい。 国先というあの男があっちこっちで悪さをしている情報を楓はそれとなく掴んでいたのだ。
そして俺に絡んでいる所を見掛けた楓は逃げる振りをして昇降口に飛び込んでスマホを出した。 「隆台高校の前で国東さんが友達を虐めてます。 来てください。」
電話で話すと誰かに聞かれてしまうからメールを打った。 それを受けたのは吉崎兼人。
青いスーツを着ていたあの男だ。 そして国先を攻め抜いた。
 「楓さんをよろしく頼んだよ。」 彼らは笑顔で俺にそう言った。 とてもやくざとは思えない。
 「本物のやくざってのは仁義に厚いんだ。 目クラ滅法暴れてるような連中はやくざとは言わん。」 ずっと昔、やくざの親分がそう言ったとか聞いてたっけ。
 「桜木君 今朝はごめんね。 嫌な思いをさせちゃって。」 「いいんだよ。 俺たち族だからさ、ヤジられたり怒鳴られたりするのは慣れてるから。」
「あの人は配管工をしてるの。 でも時々ああやって中学生や高校生をどやしてるって情報は前から聞いてたの。」 「あの人と坂本組って関係は有るの?」
「下っ端も下っ端。 組に入りたくてうずうずしてるチンピラなのよ。」 「そっか、それで、、、。」
「組員じゃないから私のことも知らなかったのね。」 「楓がどうかしたの?」
「私のお父さんは坂本組長の弟なの。」 お母さんの実家に婿養子で入ったのよ。」 「だから安塚だったわけね。」
「うん。 でもこれはみんなには内緒にしといてね。 驚かれるから。」 「もちろんだよ。 驚くどころか怖がって逃げちゃうよ。」
「桜木君は怖くなかったの?」 「驚きはしたけど怖いとは思わなかったよ。」
「良かった。」 「それにさあ楓のことをよろしくなんて言われるとは思わなかった。」
「たぶん、仲良くしてくれてるのを分かったんじゃないかなあ? 国先さんの話を聞いてても。」 「あの人ってそんなに悪だったの?」
「この辺じゃあ相当な問題になってたのよ。 PTAも動くくらいにね。」 「そっか。」
 俺たちは休み時間に使われていない教室に入って突っ込んだ話をした。 楓がやくざのお嬢様だったとは今考えても驚きの話だった。
その日の昼休み、俺が3階の廊下で窓の外を見詰めていると、、、。 今朝のアルファロメオが走っていくのが見えた。 「へえ、こんな所を走ってるんだ。」
青い車体だからなかなかお気に入りだ。 そしてあの三人の顔が見えた。
 ふと隣を見ると楓が俺に寄り添うように立っていた。 (こんなこと 今までには無かったな。)
もしも俺があの男と殴り合いをしていたら楓はどうしたろう? 取り乱さないまでも俺を軽蔑したかな?
 でもさ族の決まりで喧嘩は一切禁止されてるんだ。 するわけにはいかない。
族は確かに解散した差。 でもみんなとはまだ付き合いが有る。
その中で警察沙汰を起こすわけにはいかないんだ。 ファイヤードラゴンの名前に傷を付けることにもなるからね。
 楓はじっと遠くを見詰めていた。 何かを探し求めるように。

 そして放課後もいつものように俺たちは話し込んでいた。 クラスの他の連中が帰った後でね。
「普段は帰ったら何をしてるの?」 「俺は他の連中と変わらないよ。 部屋でのんびりしてたりパソコンを開いてたり、、、。」
「そっか。 みんな一緒なんだなあ。」 楓はまるで新発見でもしたように笑った。
 (これまで組以外のやつとあんまり付き合いが無かったのかな?) そんなことを考えてしまう。
でもまあいいか。 そんなのは俺と楓の秘密なんだからね。
 今だってみんなが居る時にはこれまでと同じくでどっか冷たい顔をしてるんだ。 「勉強以外は興味有りません。」みたいな、、、。
それから三日ほど経った木曜日、机の中を覗いたらちっちゃな封筒が入っていた。 (何だろう?)
そっと取り出して開けようとしたら、、、。 「誰も居ない時に読んでね。」って書いてあるのが見えた。
(やべえやべえ。 楓がくれたやつじゃないか。 危なくばれる所だったぜ。) ハラハラしながら封筒を机の奥に戻す。
隣を見てみたが川崎雄二も気付いていないようだ。 俺は心の中でそっと胸を撫で下ろした。
こいつに気付かれたら騒がれちまうからなあ。 楓はというといつもの通りだ。
 こんな日は放課後になるのが待ち遠しくてどっか変になる。 国語なのに音楽の教科書を出してみたりして。
「おいおい、桜木よ。 何ソワソワしてんだ?」 「何でもねえよ。」
「物を落としたり教科書を間違えたり、どうしたんだ?」 「いやあどうしたんだろうなあ?」
焦る気持ちをごまかすのってけっこう大変なんだなあ。 そんな俺を見ながら気付かれないように楓もクスクス笑っていた。
 やっとの思いで放課後になった。 みんなが教室を出て行ったのを確認してから椅子に座り直して封筒を取り出す。
可愛い封筒を開いて便箋を取り出して読み始める。

 桜木君 やっと何でも話せるようになったね。 何かとても嬉しい。
私が坂本組のお嬢だって知った時、どう思った? ふつうの人ならドン引きするよね?
 だってこんな近くにやくざの子が居るんだもん。 でも桜木君は違った。
迷いも無く戸惑いも無く私を受け入れてくれた。 佐々木さんたちも言ってたんだ。
「あの人は楓さんを守ってくれる人だよ。 大事にするんだよ。」って。 国先さんがすごんでた時も動じなかったよね?
すごいなって感動しちゃった。 だから組のことも話したの。
これからもこんな私をよろしくね。

 読み終えた時、楓は俺の隣に立っていた。 「読んでくれたんだね?」
「そうさ。 俺も心に決めたよ。」 「何を?」
「楓をずっと守るって。」 「嬉しい。」
その時、初めて楓は涙をこぼした。 それを見ていたら俺まで泣いちゃったよ。
 そのままで俺たちは立ち尽くしていた。 どれくらい時間が経ったんだろう?
「おーーい、そろそろ昇降口を閉めるぞーーーー。 残ってるなら早く帰るんだぞーーーー。」っという声が聞こえた。
「やべえやべえ。 閉じ込められちゃ適わない。 出ようか。」 「そうね。 ぼんやりしてたわ。」
 俺たちがバッグを持って教室から飛び出してくるのを見ていた鹿島先生は苦笑いしながら言った。
「お前たち、いいことやってたんじゃねえだろうなあ?」 「いいこと?」
「分からねえならいいわ。 閉まらないうちに帰れよ。」 言い終わるか終わらないうちに俺たちは階段を駆け下りていく。
だいぶ暗くなった昇降口へやってくる。 靴を履き替えて飛び出すとシャッターが下りてきた。 「危なかったな。 ギリギリセーフだ。」
「もうちょっとで同じ失敗をするところだったわ。」 楓も笑っていた。
 校門を出るといつものように右に左に別れて歩いていく。 何だか今日の俺はあったかい物を感じている。
交差点まで来た時、不意に後ろを振り返ってみる。 そしたら楓も振り向いて手を振っていた。
 楓がやくざのお嬢でも俺の気持ちは変わらない。 やくざだって言いながらドロドロした物を感じない。
ただただ曲がったことが嫌いな人たちの集団。 きれいに飾ればそうも言えるだろう。
そりゃあ中には麻薬に溺れてる組だって有るだろうよ。 でもそれは族だって同じじゃないか。
 俺たちは喧嘩も煽りも警察沙汰も一切起こさないって約束で突っ走ってきた。 他のグループには無いことだよね。
どうかすると喧嘩 煽りは当たり前。 警察を呼ばれようがどうしようが暴れたい放題に暴れてる族だって居る。 そいつらにはそいつらの言い分が有るもんだ。
だから俺たちは何も言わない。 未来は自分たちの手で決める物だから。
 いつものバスに乗る。 朝と夕方はうざいくらいに大混雑している。 その中に目の見えない人だって乗ってくる。
元気そうな小学生たちが騒いでる。 これもいつものことだ。
 「次は吉田が丘。 お降りの方はお知らせください。」 目の見えない男がボタンを探しているのが見えた。
「ここだよ。」 俺はその手を持ってボタンを押してやる。 それを見ていたのか一人の小学生が笑い始めた。
「あの人さあ、手を持ってもらわないとボタンも探せないんだってよ。」 それに我慢できなくて俺はそいつを睨みつけた。
「お前は助けてもらえなくても出来るのか?」 「当たり前じゃん 見えてるんだもん。」
「じゃあこれで目隠しをして同じことをやってみろ。」 「嫌だよ。 こんなバスの中じゃ。」
「お前、平尾小学校のやつだな。 生意気なことを言うんじゃねえよ。」 俺がにじり寄っていくと周りの子供たちが逃げ始めた。
 それを見ていた周りの大人たちは俺を睨んでいる。 一人の男が俺に近付いてきた。
「あんたさあ、何者なんだよ? 偉そうに説教するんじゃねえよ。」 「お前、あの子と関係が有るのか?」
「ねえよ。」 「じゃあ黙ってな。 あんたに説教してる暇は無いんだ。」
「何だと? てめえ、、、。」 「やめときなって。 バスの中だぜ。」
 男はスピードを落としてカーブを曲がったバスの中でよろめいた。 いやいや、これじゃあどうしようもないな。
よろめいたついでに手摺で顔を打ったらしい。 「自分の体すら支えられねえんだな。 あんた。」
俺が吐き捨てるとその男は転がるようにバスを降りていった。

 そしていつものように家の近くのバス停でバスを降りる。 帰り道は真っ暗だ。 6時を過ぎるとさすがに暗いなあ。
家に帰ってくるとこれまたいつものように部屋に飛び込んで畳の上に体を投げ出す。 一日の疲れがドッと吹き出してきたようだ。
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