涙色のアリス 俺の声が聞こえるかい?
 今日は楓のことが少し分かったような気がする。 あれじゃあ簡単に「私も友達に、、、。」なんて言えないよな。
国先って男も前にどっかで見たような気がする。 (変なのが居るなあ。)くらいでその時はスルーしたんだ。
 それにしてもあいつは何者なんだ? ただの配管工じゃないだろう。 下っ端の下っ端だって楓は言ってたけど。
あんなのが一番危ないんだよな。 チンピラはあれだから困る。
 「飯だぞ!」 父さんの声が聞こえた。
夕食を食べながら考えているのは楓のことばかり。 2年半もなぜ関われなかったんだろう?
関わるチャンスはいくらでも有ったはずなのに。 それが証拠にラブレターを書いたやつはみんな見事に振られてるんだ。
だからって俺に何か得点が有るわけでもない。 俺が有利なわけでもない。
でもなぜか今まで俺は楓を避けていた。 どっか危ないやつのような気がして。
 ある意味でそれは正解だった。 だって坂本組の人間だってことが分かったんだもん。
でもだからってそれがすぐに危険人物に該当するわけでもなさそうだ。 じゃあなぜ?

 翌朝もいつものようにいつもと変わらぬ顔で楓を出迎える。 気のせいか、少しだけ表情が明るくなったような気がする。
「おはよう。 昨日は寝れたかな?」 「ご心配無用だよ。 朝からドッキリだったけど疲れて寝ちゃったから。」
「あはは。 桜木君らしいなあ。」 「そりゃそうだよ。 朝っぱらからあんなんに絡まれたんじゃ堪ったもんじゃない。」
「そうよね。 喧嘩も煽りもしないって言ってたもんね。」 そこへクラスメートがドドっと走り込んできた。
「おはよう! お二人さーーん。」 ムードメーカーの五十嵐康太だ。
 こいつはいつもこうなんだ。 まるで悩みなんて無さそうな顔をしてドカドカト踏み込んでくる。
楓はいつもそれを警戒している。 俺にはそれがよく分かる。
 「さあ行こうか。 1時間目は英語だぜ。」 「そうだ。 忘れてた。」
楓はこの頃、やっとお転婆ぶりを発揮し始めたらしい。 これまではどうも生真面目な風にしか見えなかったのに。

 「桜木君とアリスって仲いいと思わない?」 そんな囁きが聞こえてくる。
どう言われようがどう思われようが構わない。 何てったって恋愛感情なんかこれっぽっちも無いんだからね。
 授業が終わると俺は廊下に出て行った。 後を追うように楓も出てきた。
「どうした?」 「なんか居づらくて。」
「あいつらのことならほっとけよ。 どうせ噂したいだけなんだから。」 「それはそうかもしれないけどさ。」
「何を言われても俺は何とも思わないよ。 あんなのは慣れっこになってるから。」 「そうなの? 私は嫌だな。」
 窓にもたれて外の景色に目をやる。 葉っぱを落としちまった木が秋風に震えている。 もうすぐ木枯らしが吹くんだな。
木枯らしが吹けば虫たちは死んでしまう。 産んだ卵から子供たちが出てくるのを見ることも無く。
 寂しいもんだよな。 でもそれが自然だ。
人間だけなんだよ。 こうして好き勝手にいろんなことが出来るのは。
 金に埋もれてるやつも居る。 権力にしがみ付いてるやつも居る。
毎日腹を立ててるやつも居る。 毎日泣いているやつも居る。
 毎日空腹を堪えているやつも居れば満腹に悩んでいるやつも居る。
毎日夢を追い掛けているやつも居れば未来に追いかけられているやつも居る。
どれが幸せで、どれが不幸かなんて誰にも分からない。 それでも分かったような顔でお説教をしてくれる人も居る。
どうなってもそいつの人生なんだからほっといてくれよ。 そう言いたいんだけどなあ。
 楓は俺の手を握ってきた。 こんなこと初めてじゃないか。
思ったより小さな手だった。 握り返すと楓は小さく笑った。
 さてさて昼休み。 進路指導の谷本先生がやってきた。 「そろそろ進路を決めてもらおうかな。」
確かにまだまだ決めかねているやつは何人か居たんだ。 俺もその一人。
 「桜木はどうするんだ?」 「就職することにしました。」
「やっと決めたか。」 「これでもいろいろと考えて、、、。」
「現実を見れば分かるだろう? そうだな、アリスはどうするんだ?」 「私も就職することにしました。」
「お前もだな。 じゃあ来週から就職のための活動に入る。 いいな?」 「はい。」
 谷本先生が他のやつに目を移したので俺と楓は教室を出た。 「桜木君も就職するんだね?」
「進学するような頭なんて無いからさ。」 「私も。 そんな勉強馬鹿じゃないし。」
 「大学とか短大とか言うけど意味有るのかなあ?」 「ほとんどの人には意味無いと思うなあ。」
「そう思うんだ。」 「だってさ、勉強を詰め込むくらいなら包丁の使い方を覚えたほうが役立つんじゃないの?」
「それもそうだな。」 「先生たちを見たっていいのは頭だけじゃない。」
「納得。」 「でしょう? 問題が起きたって自分じゃ対処できないのよ。 どうかしてるわよ。」
 時々しか使われない数学教室で俺と楓は話し合っている。 廊下を歩く足音が聞こえる。
「まあね、技術を得るためだったら進学してもいいかなと思ったんだけど社会に出てからでも出来るんだもんね。 今やらなくてもいい。」 「だよね。」
 隆台高校にも一応、工業課というのが有る。 5年コースで資格も取れるらしい。
多くは鉄工関係だ。 人材不足って言われてるから。
でもさ、これだけ人間が多くても人材不足って起きるんだね。 起きないように見えてもさ。
 「その半分は進学も就職もしなかった人たちなんでしょう? 邪魔なお荷物よね。」 「しょうがないよ。 進学するだけの頭も無い。 就職しようと思ったら仕事が無い。 そんな時に当たったら誰だって嫌になるよ。」
「だからってそれを社会のせいにしていいってことは無いでしょう?」 「それはそうだけど。」
「日本ってさ、そんな人たちには何も言わないよね。 おかしくない?」 「おかしいと思うよ。 何か言われると保護だ保護だって言うけど。」
「自信もやる気もハングリー精神も無いんだったら野垂れ死にしてもいいくらいだわ。」 「まあまあ、そこまでは。」
「甘いのよ。 何でもかんでも保護すればいいと思って。 人間は家畜じゃないの。」 「だども、、、。」
「何も言わずに金だけ持たせるから変なのが増えたでしょう? どう処分するんだろうね?」 今日の楓はどっかムカついているのが分かる。
言いたいことは分かる。 正論だけど今、それをやっちまったら国内が大変なパニックになる。
 でも趣味も仕事も気力も無くして呪われた亡霊みたいにさ迷っている人間が確かにあちらこちらに居る。 そしてそれがたまに事件を起こす。
事件を見付けると「ガードしないからこうなったんだ‼」ってやたらと騒ぎ立てるおめでたい人たちが山と出てくる。 そして生活保護だの何だのとうるさいくらいに騒いで回る。
 かと思えば「俺たちにもウナギを食わせろ‼ 旅行をさせろ‼」って騒ぎを起こした人たちも居る。 その後は元気にしてるかな?
そんなやつらに金をばら撒く必要は無い。 撒けば撒くほど「もっと寄越せ!」って騒ぐんだろうから。
 最近はYouTubeでも変な広告が出てきてるよね? 「私たち来る死因です。 支援してください。」っていうあの広告。
金まで掛けてやる必要は有ったのかな? すごーーーく見苦しい広告だよね。
何で自分を磨こうとはしないんだろう? 「ママは食事を抜いて頑張ってます。」なんて言うと同情して金をくれるって思ったのかな?

 放課後になった。 楓はいつものようにぼんやりしている。 「またまた寝ちまうぞ。」
「やばいやばい。 また閉じ込められちゃう。」 「でもその時ってどうやって出てきたんだ?」
「先生に泣きついて職員昇降口から出してもらったのよ。」 「そっか。」
 それにしても日暮れが速くなった。 教室も薄暗くて何だか楓も影絵みたいに見えてる。
「どうしたの?」 「なんか影絵みたいだなって思って。」
「暗くなったもんねえ。 ねえ、今日さあ喫茶店に寄らない?」 「喫茶店?」
「ちょっと行った所に叔父がやってる喫茶店が在るのよ。」 「へえ、知らなかったな。」
「スイートっていう店なんだ。」 「じゃあ出ようか。」
 今日は話もそこそこに二人揃って昇降口を出て行った。 そして俺も右へ曲がる。
歩いたことの無い道だ。 知らない店が多いな。
 15分ほど歩くと目指す店 スイートが見えてきた。 「へえ、何だか可愛い店なんだね。」
「うん。 外装はシュークリームをイメージしたんだって。」 「なんか美味そうだなあ。」
「あはは。 桜木君 面白い。」 楓が声を立てて笑った。
 ドアの前に立ってみる。 黄色いような茶色いような焼けた皮みたいなドア、、、。
開けるとガランガランと鈴が鳴った。 「オー、楓。 お帰りか?」
「うん。 今日はね、友達を連れてきた。」 「珍しいね。」
「桜木君。 私の同級生。」 「そっか。 楓をよろしく頼んだぞ。」
 マスターはそう言うと冷蔵庫を開けた。 「何食べる?」
「私はチーズケーキ。」 「そうだなあ、モンブランにしようかな。」
「何飲む?」 「私はミルクティーよ。」
「ぼくはホットコーヒーで。」 「あいよ。」
 それからのマスターは多くを喋らない。 元々が無口な人らしい。
静かにピアノ曲が聞こえている。 シューマンかな?
 楓はケーキを食べながら物思いに耽っている。 壁にはついこの間ネットで騒がれていた女優の写真が飾ってある。
(あの人、死んだんだよな。) その写真に見惚れているとマスターが口を開いた。
「この人はこの店にもよく来てくれたんだ。 そのたびにコーヒーを2杯必ず飲んでいった。」 「ファンだったんですね?」
「そうだね。 だからこうして写真を飾ることも出来た。」 その下には[8月7日没]って添えてある。
 「この人はいろんなドラマに出てたんだ。 売れっ子だった。 でも癌で死んじまった。 ショックだったよ。」 そう言うとマスターはまた無口になった。
そこへまたドアが開いて鈴が鳴った。 「いらっしゃい。 おー、香奈ちゃんじゃないか。」
「お久しぶりです。 こっちに寄ったんで会いたくて来ました。」 「今夜は暇か?」
「マスターに会うんだもん。 夜は全てキャンセルしたわ。」 「よしよし。」
 楓はそっと立ち上がってレジへ向かった。 「お、帰るのか?」
「うん。 用事も有るから。 お金は二人分置いとくね。」 「あいよ。 いつもいつもありがとうな。」
 手招きする楓に導かれるように俺も店を出た。 「あの人は叔父の愛人なの。」
「愛人? ってことは、、、。」 「今晩 ホテルで会うのよ。」
「あの人にも奥さんが居るんじゃ?」 「居ないわよ。 世間的には居ないことになってる。」
「世間的?」 「こんなことも有るのよねえ。 煩わしくて私は嫌だけど。」
 あの香奈って女とホテルで何をするんだろう? 他人のことだ。 まあいいか。





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