シトラスの魔法が解けるまで
シトラスの迷路
「……で、瀬戸に『喋るな』って遮られちゃって。結局、それ以来、まともに会話なんてできてない。……その『花梨』さんが誰なのかも、知らないまま」
話し終えると、夜の公園の冷たさが、じわりと肌に刺さった。
隣に座る冴の横顔を盗み見る。彼女はブランコの鎖をぎゅっと握ったまま、夜の闇をじっと見つめていた。
「……そっか。莉奈はその『花梨』さんって人に、瀬戸を奪われたと思ってるんだ」
「……思ってる、っていうか。あんなに必死に隠して、周りもみんな知ってて。……私だけが、あの日からずっと独りぼっちな気がするんだよ」
あの日、彼にぶつけてしまった「嫌い」という嘘。
そして、彼が守ろうとした「花梨」という存在。
それが呪いみたいに私を縛り付けて、今の私と彼の間に、見えないけれど絶対に越えられない壁を作っている。
「でもさ、莉奈。そんなの、ただの思い込みかもしれないじゃん」
「思い込みじゃないよ! 瀬戸のあの冷たい目、冴だって見たことあるでしょ? ……今さら謝ったって、彼の隣にはもう、私の知らない誰かがいるんだよ」
私が自分にかけてしまった「嫌い」という呪い。そして、彼が誰かのために纏っているシトラスの香り。
それが私を拒絶しているようにしか思えなくて、一歩が踏み出せない。
「……謝る。あの日言えなかった言葉を、ちゃんと話す……しかないよね。……って! 無理だよ、冴! だって彼にはもう、大好きな人がいるんだもん!」
私は慌てて立ち上がり、自分の火照った頬を両手で押さえた。
「ごめん」と言いたい。でも、言ったところで「今さら何?」って言われるのが、何よりも怖いんだ。
「莉奈……」
冴が、ブランコからゆっくりと立ち上がる。
「魔法を解くのは、自分しかいないんだよ。莉奈。あんたが『夜凪ねお』として紡いだあの言葉たちを、今度はちゃんと、自分の声で届けてきなよ。正体が誰かなんて、ぶつかってみなきゃわかんないでしょ」
「……って、ちょっと待って。冴、なんで私のペンネーム知ってるの!?」
私の叫び声に、夜の公園の鳥が驚いたように羽ばたいた。
「夜凪ねお」としてネットに投稿していることは、誰にも、もちろん冴にも言っていないはずだったのに。
「え、だって私、小説好きだもん。野いちごでいつも読んでるし」
冴は事もなげに言ったけれど、私の心臓はバクバクと暴れ出した。冴が小説を読むなんてイメージ、全然なかった。
「新着のところ見てたらさ、『あ、新人さんだ!』と思って読み始めたんだけど……。内容がさ、どっかで聞いたことある話ばっかりで。しかも、途中で莉奈の名前も、私の名前も普通に出てきてたし?」
「っ!恥ずかし…」
「あはは、やっぱりそうなんだ。確信持てなかったけど、今の莉奈の反応で確定。……莉奈、あんた、あの日からずっと、物語の中でだけ彼と向き合ってたんだね。偉いじゃん。」
冴の言葉が、鋭く、でも優しく私の胸を突く。
ネットの海に流した「透明な告白」。
名前を変え、少しだけ色をつけた、私と瀬戸だけの物語。
「……私の名前が出てるし、もう言い逃れできないね」
私はがっくりと肩を落として、またベンチに座り込んだ。
秘密を知られてしまった恥ずかしさと、でも、誰かに気づいてもらえたという不思議な安堵感が、交互に押し寄せてくる。
「でも、莉奈。物語を完結させるのは、スマホの中じゃないでしょ」
冴が私のスマホを指差した。
「『夜凪ねお』じゃなくて、『莉奈』として書かなきゃいけない結末があるはずだよ」
話し終えると、夜の公園の冷たさが、じわりと肌に刺さった。
隣に座る冴の横顔を盗み見る。彼女はブランコの鎖をぎゅっと握ったまま、夜の闇をじっと見つめていた。
「……そっか。莉奈はその『花梨』さんって人に、瀬戸を奪われたと思ってるんだ」
「……思ってる、っていうか。あんなに必死に隠して、周りもみんな知ってて。……私だけが、あの日からずっと独りぼっちな気がするんだよ」
あの日、彼にぶつけてしまった「嫌い」という嘘。
そして、彼が守ろうとした「花梨」という存在。
それが呪いみたいに私を縛り付けて、今の私と彼の間に、見えないけれど絶対に越えられない壁を作っている。
「でもさ、莉奈。そんなの、ただの思い込みかもしれないじゃん」
「思い込みじゃないよ! 瀬戸のあの冷たい目、冴だって見たことあるでしょ? ……今さら謝ったって、彼の隣にはもう、私の知らない誰かがいるんだよ」
私が自分にかけてしまった「嫌い」という呪い。そして、彼が誰かのために纏っているシトラスの香り。
それが私を拒絶しているようにしか思えなくて、一歩が踏み出せない。
「……謝る。あの日言えなかった言葉を、ちゃんと話す……しかないよね。……って! 無理だよ、冴! だって彼にはもう、大好きな人がいるんだもん!」
私は慌てて立ち上がり、自分の火照った頬を両手で押さえた。
「ごめん」と言いたい。でも、言ったところで「今さら何?」って言われるのが、何よりも怖いんだ。
「莉奈……」
冴が、ブランコからゆっくりと立ち上がる。
「魔法を解くのは、自分しかいないんだよ。莉奈。あんたが『夜凪ねお』として紡いだあの言葉たちを、今度はちゃんと、自分の声で届けてきなよ。正体が誰かなんて、ぶつかってみなきゃわかんないでしょ」
「……って、ちょっと待って。冴、なんで私のペンネーム知ってるの!?」
私の叫び声に、夜の公園の鳥が驚いたように羽ばたいた。
「夜凪ねお」としてネットに投稿していることは、誰にも、もちろん冴にも言っていないはずだったのに。
「え、だって私、小説好きだもん。野いちごでいつも読んでるし」
冴は事もなげに言ったけれど、私の心臓はバクバクと暴れ出した。冴が小説を読むなんてイメージ、全然なかった。
「新着のところ見てたらさ、『あ、新人さんだ!』と思って読み始めたんだけど……。内容がさ、どっかで聞いたことある話ばっかりで。しかも、途中で莉奈の名前も、私の名前も普通に出てきてたし?」
「っ!恥ずかし…」
「あはは、やっぱりそうなんだ。確信持てなかったけど、今の莉奈の反応で確定。……莉奈、あんた、あの日からずっと、物語の中でだけ彼と向き合ってたんだね。偉いじゃん。」
冴の言葉が、鋭く、でも優しく私の胸を突く。
ネットの海に流した「透明な告白」。
名前を変え、少しだけ色をつけた、私と瀬戸だけの物語。
「……私の名前が出てるし、もう言い逃れできないね」
私はがっくりと肩を落として、またベンチに座り込んだ。
秘密を知られてしまった恥ずかしさと、でも、誰かに気づいてもらえたという不思議な安堵感が、交互に押し寄せてくる。
「でも、莉奈。物語を完結させるのは、スマホの中じゃないでしょ」
冴が私のスマホを指差した。
「『夜凪ねお』じゃなくて、『莉奈』として書かなきゃいけない結末があるはずだよ」