シトラスの魔法が解けるまで

シトラスの勇気

「……冴、明日。2組まで、ついてきてくれる?」
​私の絞り出すようなお願いに、冴は眉をひょいと上げた。
「お? いいけど。……ってことは、ついに瀬戸と話すの?」
​「いや」
​「話さんのかい!」
​冴の光速のツッコミが夜の公園に響く。……だよね、今の流れならそう思うよね。でも、今の私にはまだ、彼と正面から向き合うだけの「魔法」は備わっていない。
​「2組に、去年同じクラスだった友達がいるから……」
​「なるほどね。その子に、瀬戸の状況をこっそり聞いてきてもらうってわけか」
​図星だった。私は小さく頷いて、おそるおそる冴の顔を覗き込んだ。
​「……うん。ねえ、怒る?」
​「何に?」
​「……もっと勇気出せよ!って。自分で直接聞きに行けよって、呆れる?」
​私は自分の不甲斐なさに、キュッと肩をすぼめた。
「夜凪ねお」なんて名前で物語を書いていたって、現実の私は、たった数メートルの廊下を越えることすらできない、臆病な14歳のまま。
​「いーや。……まあ、思わんでもないけど」
​「うぐっ……」
​冴は少しだけ意地悪く笑ったあと、私の頭をポン、と軽く叩いた。
​「でも、それも莉奈にしては、大きな一歩なんでしょ? 今までずっと、逃げて見て見ぬふりをしてきたんだからさ」
​「……うん」
​その言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなる。
直接じゃないかもしれない。誰かの力を借りる、情けない作戦かもしれない。
それでも、私は明日、瀬戸のいる「2組」の領域へ足を踏み入れる。
​「わかった。明日の休み時間、2組突撃ね。莉奈、腰抜かさないように準備しときなよ」
​「わかってるって……!」
​夜の風が、少しだけ春の匂いを連れてきた気がした。
まだ解けない魔法。消えないあの日のシトラスの香り。
でも、明日の2組への廊下は、今日までの私にとっては一番長い、始まりの道になる。
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