シトラスの魔法が解けるまで
いざ、シトラスの魔法へ
シトラスへの第一歩
あと1分でチャイムが鳴る。
つまり、あと1分経ったら……2組へ。
そればっかり考えていたら、授業の内容なんてこれっぽっちも頭に入ってこなかった。
(うわー。いやだ……。でも、冴もついてきてくれるし。直接話すわけじゃないし、大丈夫。余裕っしょ、余裕……)
心の中で自分に言い聞かせる。けれど、現実は無情に時を刻む。
キーンコーンカーンコーン。
「うわー!! きた……! やばい!」
先生の「起立、礼」の合図が終わるか終わらないかのうちに、ピューン!と光の速さで冴が飛んできた。
「莉奈、行くよ」
「はっや!」
のろのろと重い腰を上げる私に、冴はニヤリと笑う。
「で? 誰のとこ行くの? 里紗?」
「いや、番長! 里紗に気まずい思いさせたくないしね」
彼女は今年も瀬戸と同じクラス。彼女を介して何かを探ろうとすれば、嫌でも彼との距離が近くなる。それは今の私には、あまりにもハードルが高すぎた。
「なるほど。で、番長?」
「えと、去年同クラの谷川美月」
「あー、生徒会の人か」
「うん、副生徒会長ね」
冴と一緒に廊下に出ると、途端に心臓の音がうるさくなった。
大丈夫。落ち着け。友達に、会いに行くだけ。
「2組と5組って、こんなに遠かったっけ……?」
「あんたが怖気(おじけ)づいてるんでしょ」
「ううっ」
そんなやり取りをしているうちに、目的地が見えてきた。
「はい、とーちゃく!」
「うわあああ……!」
2組の喧騒が、開け放たれたドアから溢れ出している。
冴が目を凝らして教室の中を覗き込んだ。
「あ、いるよ! 谷川さん」
「本当だ……」
「……呼ばんの?」
冴の問いかけに、私は大きく首を横に振った。
「いや、大声で呼んだら瀬戸に聞かれるなって」
「はー。莉奈ってこういうやつだったな」
冴の呆れたような声に苦笑いしていると、「すみませーん」と明るい声がした。
「2組に何か用事?」
そこにいたのは、里紗だった。
「里紗!」
「やほー。めずらしいね、2組に来るの」
「うん! ひさしぶり。……あの、番長呼んで!」
「おけ。Bossね、行ってくる」
里紗は迷いのない足取りで教室の奥へ消えていった。
「莉奈、今から会う人Bossなの?」
「ん? 番長だよ?」
「なんなのその人、変わったあだ名多くね?」
「まあ、会えば分かるよ」
冴とそんな会話をしていると、人混みを割るようにして一人の女子生徒が姿を現した。谷川美月。生徒会副会長。私の中での絶対的な「番長」だ。
「おー。藤井。どした?」
「番長! おひさしぶりです」
「敬語とれって言ってんだろ」
「無理です!」
「なんでだよ!?」
「尊敬してるんで!」
いつものお決まりのやり取りに、番長は「おぅ。で?」と短く促した。
私は意を決して、声を潜める。
「あ、実は瀬戸のことで……。彼が怒ってるか、聞いてもらいたくて」
「瀬戸?」
番長は少しだけ目を細め、去年の記憶を探るように天井を仰いだ。
「あー。去年言ってたな。ちょうど一年目くらいか?」
「……はい」
「なるほど。しーがないな。この後聞きに行く」
「ありがとうございます! 番長くらいしかたのめないんです! ……明日のこの時間、来ていいですか?」
「あー。わり、今日の放課後でもいいか? ちょっと生徒会でな」
「もちろんです! お願いします」
「じゃ、またあとで」
迷いのない足取りで2組へ戻っていく番長の背中を見送っていると、ふいに瀬戸と目が合った。
心臓が跳ねる。私は咄嗟に、逃げるように目を背けてしまった。
「……っ」
「ん? 莉奈、どしたの?」
不思議そうにする冴が、何気なく2組の教室を覗き込む。
「あちゃー……」
冴の声に、私も恐る恐る視線を向けた。
瀬戸の隣に座っていたのは、以前廊下ですれ違った時に目を奪われた、あの女子だった。すごく可愛い。くるくるした茶髪にぱっちり二重で大きな瞳。
今は、隣同士の席みたいだ。
一年前、私が当たり前のように座っていたあの場所。
(……あの場所は、私のだったのにな)
「帰るか、莉奈」
冴の低い声に、私は小さく頷いた。
「次は、放課後か」
「あ、忘れてたー!数時間後には現実がぁ!!」
「ははっ! うそだろ! てか瀬戸の隣にいた子、めちゃくちゃ可愛くね?」
「言わないでよ! 落ち込んでんだから。好きな人に、わたあめみたいに可愛い子がいるんだよ!? ってか誰だよ!?」
「あ、そうなの。落ち込んでたんだ。ごめん。でも、フラレたに等しい状態のくせに」
「うるさいな!分かってるよ!」
だんだん、瀬戸に対して腹が立ってきた。
私があんなに悩んでいた間に、彼はあんな可愛い子の隣で笑ってるなんて。
隣では冴が大笑いしてる。
もー。冴がいじわるだ。でも、分かるよ。
「ありがとね」
「え?」
「あんまり気にしないように、ってことでしょ?」
私の言葉に、冴は「は? そんなんじゃないし」と、少し頬を赤らめてそっぽを向いた。
「……悪かったな。ストレートじゃなくて」
キーンコーンカーンコーン。
「やばいやばい! 次なんだっけ?」
「音楽」
「は? 移動教室じゃん!」
「やばい、ぜったい置いてかれた!」
慌てて廊下を駆け出していく、私たちの背中。
その背中には、まだ少し冷たいけれど、どこか光の強さを増した2月上旬の日差しが降り注いでいた。
私の「魔法」が解けるまで、あともう少し。
つまり、あと1分経ったら……2組へ。
そればっかり考えていたら、授業の内容なんてこれっぽっちも頭に入ってこなかった。
(うわー。いやだ……。でも、冴もついてきてくれるし。直接話すわけじゃないし、大丈夫。余裕っしょ、余裕……)
心の中で自分に言い聞かせる。けれど、現実は無情に時を刻む。
キーンコーンカーンコーン。
「うわー!! きた……! やばい!」
先生の「起立、礼」の合図が終わるか終わらないかのうちに、ピューン!と光の速さで冴が飛んできた。
「莉奈、行くよ」
「はっや!」
のろのろと重い腰を上げる私に、冴はニヤリと笑う。
「で? 誰のとこ行くの? 里紗?」
「いや、番長! 里紗に気まずい思いさせたくないしね」
彼女は今年も瀬戸と同じクラス。彼女を介して何かを探ろうとすれば、嫌でも彼との距離が近くなる。それは今の私には、あまりにもハードルが高すぎた。
「なるほど。で、番長?」
「えと、去年同クラの谷川美月」
「あー、生徒会の人か」
「うん、副生徒会長ね」
冴と一緒に廊下に出ると、途端に心臓の音がうるさくなった。
大丈夫。落ち着け。友達に、会いに行くだけ。
「2組と5組って、こんなに遠かったっけ……?」
「あんたが怖気(おじけ)づいてるんでしょ」
「ううっ」
そんなやり取りをしているうちに、目的地が見えてきた。
「はい、とーちゃく!」
「うわあああ……!」
2組の喧騒が、開け放たれたドアから溢れ出している。
冴が目を凝らして教室の中を覗き込んだ。
「あ、いるよ! 谷川さん」
「本当だ……」
「……呼ばんの?」
冴の問いかけに、私は大きく首を横に振った。
「いや、大声で呼んだら瀬戸に聞かれるなって」
「はー。莉奈ってこういうやつだったな」
冴の呆れたような声に苦笑いしていると、「すみませーん」と明るい声がした。
「2組に何か用事?」
そこにいたのは、里紗だった。
「里紗!」
「やほー。めずらしいね、2組に来るの」
「うん! ひさしぶり。……あの、番長呼んで!」
「おけ。Bossね、行ってくる」
里紗は迷いのない足取りで教室の奥へ消えていった。
「莉奈、今から会う人Bossなの?」
「ん? 番長だよ?」
「なんなのその人、変わったあだ名多くね?」
「まあ、会えば分かるよ」
冴とそんな会話をしていると、人混みを割るようにして一人の女子生徒が姿を現した。谷川美月。生徒会副会長。私の中での絶対的な「番長」だ。
「おー。藤井。どした?」
「番長! おひさしぶりです」
「敬語とれって言ってんだろ」
「無理です!」
「なんでだよ!?」
「尊敬してるんで!」
いつものお決まりのやり取りに、番長は「おぅ。で?」と短く促した。
私は意を決して、声を潜める。
「あ、実は瀬戸のことで……。彼が怒ってるか、聞いてもらいたくて」
「瀬戸?」
番長は少しだけ目を細め、去年の記憶を探るように天井を仰いだ。
「あー。去年言ってたな。ちょうど一年目くらいか?」
「……はい」
「なるほど。しーがないな。この後聞きに行く」
「ありがとうございます! 番長くらいしかたのめないんです! ……明日のこの時間、来ていいですか?」
「あー。わり、今日の放課後でもいいか? ちょっと生徒会でな」
「もちろんです! お願いします」
「じゃ、またあとで」
迷いのない足取りで2組へ戻っていく番長の背中を見送っていると、ふいに瀬戸と目が合った。
心臓が跳ねる。私は咄嗟に、逃げるように目を背けてしまった。
「……っ」
「ん? 莉奈、どしたの?」
不思議そうにする冴が、何気なく2組の教室を覗き込む。
「あちゃー……」
冴の声に、私も恐る恐る視線を向けた。
瀬戸の隣に座っていたのは、以前廊下ですれ違った時に目を奪われた、あの女子だった。すごく可愛い。くるくるした茶髪にぱっちり二重で大きな瞳。
今は、隣同士の席みたいだ。
一年前、私が当たり前のように座っていたあの場所。
(……あの場所は、私のだったのにな)
「帰るか、莉奈」
冴の低い声に、私は小さく頷いた。
「次は、放課後か」
「あ、忘れてたー!数時間後には現実がぁ!!」
「ははっ! うそだろ! てか瀬戸の隣にいた子、めちゃくちゃ可愛くね?」
「言わないでよ! 落ち込んでんだから。好きな人に、わたあめみたいに可愛い子がいるんだよ!? ってか誰だよ!?」
「あ、そうなの。落ち込んでたんだ。ごめん。でも、フラレたに等しい状態のくせに」
「うるさいな!分かってるよ!」
だんだん、瀬戸に対して腹が立ってきた。
私があんなに悩んでいた間に、彼はあんな可愛い子の隣で笑ってるなんて。
隣では冴が大笑いしてる。
もー。冴がいじわるだ。でも、分かるよ。
「ありがとね」
「え?」
「あんまり気にしないように、ってことでしょ?」
私の言葉に、冴は「は? そんなんじゃないし」と、少し頬を赤らめてそっぽを向いた。
「……悪かったな。ストレートじゃなくて」
キーンコーンカーンコーン。
「やばいやばい! 次なんだっけ?」
「音楽」
「は? 移動教室じゃん!」
「やばい、ぜったい置いてかれた!」
慌てて廊下を駆け出していく、私たちの背中。
その背中には、まだ少し冷たいけれど、どこか光の強さを増した2月上旬の日差しが降り注いでいた。
私の「魔法」が解けるまで、あともう少し。