それでは喜んで“傾国の悪女”となりましょう~欲に溺れた哀れな皆様、いつまで私のことを利用できるとお思いですか?~

前世と白昼夢と母の死と⑤

「いいか。ビーフェスカ国の義理祖父母には、私とリリスは円満な夫婦だと伝えるように」
「もちろんです、お父様」
 確かに円満ではある。リリスは夫に反論どころか、無反応で無関心だもの。
 それにしても父親は、外で作った十四歳の娘を、隣国の、それも本妻の実家に行かせるのに、自分の心配しかしていない。これってどうなの。
「義理とはいえ、孫になったからと、直接カエナに召喚状を送りつけるとは、何様だ。まあ僕なら生意気女が多いビーフェスカ国の祖父母になんて、頼まれても会いに行かないが。カエナ、お前は父上が外で作った子供だ。向こうの祖父母からしたら、我がルーター伯爵家をこの女が掌握するのに、邪魔な存在だ。僕みたいに手加減してくれるなんて思うな」
 引っかかるような言い方であってもドリスタンは、妹を心配する兄みたいで……。
「お前のために書類をためておいてやる。顔合わせしたら、さっさと戻ってこい。顔にも体にも、絶対に傷をつけて帰ってくるなよ。お前の顔と体は、我がルーター伯爵家の物だ」
「…………」
 つい閉口しちゃう。前言撤回よ。私がルーター伯爵家の所有物だと言いたいのでしょうけれど、その言い方はキモイ、キモスギル。言い方ってあるでしょうに。
 もちろん私は、いつものように微笑むに留め、夫と息子の後ろに控えるリリスに向かい、軽く頷きつつ目配せする。別れの挨拶だ。祖国の両親に連絡し、私がこの邸を出る機会を与えてくれたリリスには、感謝の気持ちしかない。
「それではルーター伯爵家の皆様、ごきげんよう」
 別れの言葉を告げて、七年過ごした邸を後にした。
 もう二度と、今の立場でこの邸に戻らないと決めて。
 そうして馬車に揺られて一カ月。ビーフェスカ国の義理祖父母の邸に着いた。
「いらっしゃいませ、ルーター伯爵家のお嬢様。旦那様と奥様がお待ちですが、長旅でお疲れでしたら、明日にされますか?」
 私を出迎え、馬車から降りる際に手を差し出したのは、執事服を着た初老の男性。グレイカラーの髪に深緑色の瞳で、ダンディなおじ様感がある。
 前世を覚えている身としては、ついうっかり、ときめきそうよ。前世の頃から今世に至るまで、渋専ですもの。
 それにしても『ルーター伯爵家のお嬢様』……含みのある言い方だけれど、その言葉で、執事の正体に気付く。
「いいえ、問題ありません」
 執事が言うように一カ月もの間、馬車に揺られて、遠路はるばるビーフェスカ国へ来た。
 普通なら、体の痛みでギブアップしてもおかしくない。なにせ私は邸から滅多に出ない、深窓の儚げ天使な令嬢だ。
 けれど馬車には、私が前世の知識を駆使して作った特性スプリングを使用している。
 さらにルーター邸では、室内とはいえ毎日トレーニングをし、前世の知識で常温保存可能なプロテインバーを作り、部屋に隠して食べ、体力作りをしていた。
 時々、ドリスタンが唐突にいちゃもんをつけ、ご飯抜きを命じるので、その対策も兼ねたプロテインバーでもある。長ければ一週間、水だけ生活を強いられたこともあった。
 ちなみに作る時は『お兄様にお菓子を作ってあげたいの』と、キュルンとしたかわいい顔で言えば、厨房を借りられた。素敵な顔に感謝している。
 リリスにもおすそ分けした。そう、おすそ分けする仲になれたのだ。
 そんなことを考えつつ、執事に向かって微笑む。
「案内していただけますか、フィクス子爵」
「……ほう」
 執事の名前を呼べば、執事が笑みを消し、スッと目を細める。
「なぜ、そうだと?」
「ご自分の胸にお聞きになって。ポルプ侯爵夫人をお待たせするのは申し訳ないのですが、子爵の一存だと言えば、許していただけるかしら?」
「そのように弁解する機会が、一介のお嬢様に与えられると?」
「ふふふ、ないと? 手土産をお持ちしたのに、もったいないわ」
「手土産?」
「先ほど、私は言いましたでしょう? 問題ないと」
 ハッとしたように、馬車を見る執事(子爵)。気付いたのね。
 深層の令嬢でなくとも、従来の馬車に一カ月も揺られ続けて、問題ないと言い切った上に、私のようにぴんぴんびしているはずがないと。
「なるほど。案内しよう」
 子爵がそう言って前を歩く。
「お、お嬢様」
 その時、馬車の御者を兼任していた護衛のひとりが、困惑した様子で声をかけてきた。
「ああ、忘れていた。お嬢様のお付きの者たちには、お引き取りいただこう。お嬢様は責任を持って、こちらで預かる。そうルーター伯爵に伝えよ」
「なんだと!?」
 護衛が声を荒らげるのも仕方ない。彼らの中では、子爵はただの執事。なのに命令口調で、自分の主が下した命令を阻害したのだから。
「貴方たち、ご苦労様。私のことは問題ないわ。お父様に、そう伝えてちょうだい」
「お嬢様!?」
「帰らせろ」
「「「かしこまりました」」」
 子爵が命じると、どこからともなく騎士服に身を包んだ男性たちが現れ、了と答えた。
「行こう」
「はい」
 促されるまま、騒がしくなったその場を後にするも、暫く進んだところで子爵が歩を止める。
「よかったのか?」
「ええ。子爵も嫌でしょう。ご自分の娘を軽んじる男の配下が、邸に滞在するなんて」
「よくわかったな」
 子爵は私の言葉に返事をするでもなく、話題を変えた。
「人は私を、ルーター伯爵家のお嬢さんとは呼びません。けれどその呼び方が一番正しいわ。そしてそのことを知るのは、私の父親、リリス様、そしてリリス様のご両親だけ」
「私がポルプ侯爵位の他に子爵位を持っていると、よく知っていたな。リリスですら、下手をすれば知らんぞ」
「ルーター伯爵家の書庫には、エイゾナ国の他、ビーフェスカ国の貴族名鑑がありましたから。先代のルーター伯爵が存命中までは、他国の貴族名鑑を定期的に仕入れていたのでしょうね」
「リリスは男を見る目はないが、人を見る目はあったようだな」
 フィクス子爵であり、ポルプ侯爵でもあるリリスの父親は、私を検分するように見やる。
「子供の戯れ言と一蹴せず、取り引きに応じてくれたくらいには」
「取り引きか。リリスが君に手を貸し、君はリリスの離婚を成立させること、だったか」
「はい」
 頷いた私に子爵、いや、侯爵は懐疑的な目を向けた。
「しかしエイゾナ国で貴族の離婚を成立させることは、困難だ。過去認められたのは、子供に恵まれない場合の、女性側を有責とする場合のみ。リリスは既に、ドリスタンを生んでいる。その上、ビーフェスカ国の高位貴族令嬢だったからこそ、エイゾナ国は離婚を認めんだろう」
「そのために種を蒔き、今は芽吹かせたところです。そもそもなぜ、ルーター伯爵ではなく、国が認めないのか。そう考えれば、自然と道が開けます」
「それでリリスを通し、私に連絡を取ったと?」
「ええ。ご存じのように私の戸籍は、父親であるルーター伯爵家の籍に入っておりません。リリス様に確認していただいたので、間違いないかと。ルーター伯爵は表向き、私を引き取っている。けれど有益な駒にならなければ、いつでも捨てられるようにしておいた。なので私の身分は、庶子扱いの平民です」
 だから伯爵令嬢ではなく、『伯爵家のお嬢様』と呼んだ侯爵が正しい。
「ならばお前が駒になると確信した時、ルーター伯爵がお前の籍を秘密裏に伯爵家の籍に入れればいいだけでは?」
「それは既に不可能かと」
「なぜだ?」
「子が成人した場合、または十三歳になった際、戸籍転籍の差し止め申請をしておくことで、子の了承なしに籍を移すことはできない。エイゾナ国の法律です」
 エイゾナ国の法律書の一文を抜粋し、侯爵に伝える。
「知っておる。しかし未成年者の申請には、伯爵位以上の貴族、または王族が保証人として承認印を押さねばならないはず」
 侯爵の言う通り、子供が主で使うには、ハードルが高すぎる法律だ。今では廃れて、存在すら忘れられている。
 邸の書庫にあった法律関係の本を、すり切れるくらい読んだからこそ、辿り着いた。
「左様です。なので化石化した法律とも呼ばれていますね。実は私、ここ何年もシーケン国から嫁がれたエイゾナ国王妃陛下と、懇意にさせていただいております」
 言外に、王妃の力を借りたと告げる。
「……なるほど。それにしても今、お前は十四歳。なのに何年も前から、王妃と懇意にしていると申したか?」
「はい。これこそが、私がポルプ侯爵との取り引きに使う鍵です」
「なるほど。合格だ。妻の待つ客間に案内しよう」
 そう言って私の隣に立ち、紳士的に腕を差し出す侯爵。
「ありがとうございます」
 にっこりと微笑んだ私は、貴族令嬢のように、差し出された腕に手を添えた。
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