それでは喜んで“傾国の悪女”となりましょう~欲に溺れた哀れな皆様、いつまで私のことを利用できるとお思いですか?~
商会長になった私、誘拐される①
「相変わらず素晴らしい品々だったわ、カエナ。けれど気を付けなさい」
ポルプ侯爵家を初めて訪れてから五年。十九歳となった私に、静かな声音で話を切り出したのは、エイゾナ国王妃陛下。
城の応接室には高貴な身分である王妃と、相変わらず平民である私のふたりきり。王妃は私が持ち込んだ貴金属類を確認するからと言って、人払いをしていた。
今の私は、そこそこ有名になってきた『ティシア商会』の主。
服装も髪型も登城に相応しく、清楚なイメージで統一。真珠で作られた髪留め、二連ネックレスとブレスレット、イヤリングを品よく着けている。
こうして堂々と王妃のもとを訪れるようになってから、およそ三年の月日が流れていた。
「先代王妃までは、服飾品に関してエイゾナ国王室御用達を謳っていた、『ヤッカミー商会』を知っているわね」
「もちろんです」
知らないはずがない。私が十三歳頃まで、ヤッカミー商会の服飾品を身に着けることこそ、貴族の嗜みとされていた。
かつてはエイゾナ国内における、ヤッカミー商会が販売する服飾品の貴族シェア率は、九割を占めていた。
私が十三歳頃で、七割。十九歳となった今は、五割を下回りつつある。
つまり約五年前まで、ヤッカミー商会が自国の服飾業界を牛耳るせいで、他の商会が入り込む隙がなかった、とも言える。
「カエナが私の婚姻式でベールガールを務めた時から、もう十年の付き合いになるかしら」
そう、私は九歳で王妃と出会った。
ベールガールになったのは、伯爵家外部の権力者と知り合いたかった私と、駒である娘の顔を大々的に売りたい父親。互いの利害関係が成立したからに他ならない。
「はい。あの時見せた宝飾デザインを気に入っていただき、私が成人するまでは私の正体を隠した状態で、長年デザインを重用していただきました。他国から嫁がれた王妃陛下が、古くから王室御用達を掲げていたヤッカミー商会から手を引くのは、大きな反発もあったでしょう」
「そうね。ヤッカミー商会を後援し、商会の実質的運営者であるアクソク侯爵の妨害は、かなり煩わしかったわ」
「国王陛下にも、感謝しております」
アクソク侯爵は国王に働きかけ、王妃にヤッカミー商会の品を使わせようとした。
けれど国王は、妻である王妃の味方だった。
というのも国王は、正したがっていたのだ。エイゾナ国内で自分の利益ばかりを追求し、男尊女卑思想に偏っている、主に男性貴族のあり方を。
これはエイゾナ国周辺国の情勢的に、今は他国との交易を活発にしなければ、隣国であるビーフェスカ国のような、軍事に力を入れる国から食い物にされる可能性が高まっているせい。
ビーフェスカ国には、〝血の王子〟と呼ばれるハティアス第一王子がいる。王子は十三歳から戦場に立ち、周辺の小国を次々と属国にしていったとか。
血の王子と呼ばれる所以は、そうした背景と、王子の髪と瞳が元々、赤かったところからきているよう。
だからといって一国の王子の外見を〝血〟で表現するなんてと、思わなくもない。
けれど王子は自国の城で過ごす時も、頭からつま先まで、常時甲冑を身に着けているらしく、王子の素顔を知る者が、今では国王と王子の側近くらいしかいないらしい。
高位貴族であるポルプ侯爵も、今の王子の素顔は知らないみたい。
そんな異様な出で立ちもあり、〝血の王子〟という呼び名が定着したのかもしれない。
そしてビーフェスカ国王妃の実父であり、宰相を務めるデルボア公爵は野心家で、息子の小公爵はかなり好戦的な性格だ。
エイゾナ国王がシーケン国王女との国際結婚に踏み切った理由は、ビーフェスカ国のような国から自国を守ることも含め、国防を考えたからに他ならない。
「存在を隠していた頃ならいざ知らず、成人を迎えた十六歳からは、商会長として表に出てきたでしょう。アクソク侯爵からしてみれば、国内シェアを占領していく無名のデザイナーが、やっと表に出てきたと思ったはず。それも商売敵(ライバル)として」
もちろん知っている。王妃の言葉に、ゆっくりと頷く。
「エイゾナ国内のみならず、近隣諸国でも手広く取引先を確保していく商会主のカエナを、脅威に感じているのでしょうね。それに先日の夜会でルーター伯爵とアクソク侯爵が、密談していたそうなの」
「ふたりが手を組んだようですね」
「ある程度の情報は、リリス夫人からも得ているようね」
「はい。けれどリリス様は私が成人する少し前から、私が用意した別邸に居を移しています。そのため、ルーター伯爵の動きを素早く掴むのは、難しくなってきたかと」
それでもリリスは可能な限り、信用できる伯爵邸の使用人から、情報を収集してくれている。
「ルーター伯爵は、未だにカエナを呼び戻そうとしているそうね」
「私の駒としての価値が成人以降、特に上がっていますから」
「アクソク侯爵は、貴女を攫(さら)う計画を立てているわ。なにを狙っているか、もうわかるわね」
「もちろんです」
父親は、間違いなく私をアクソク侯爵に売った。
私が既に成人した以上、そして私の籍をルーター伯爵家に移せていない以上、父親が私に政略結婚を強いることはできない。
とはいえ女としての瑕(か)疵(し)をつけた上で、その責任をアクソク侯爵側に取らせる形にすれば、どうだろう? エイゾナ国の男性貴族らしい、実に胸くそ悪い思考だ。
けれど万が一、父親の計画が成功したとしても、私には前世の記憶がある。今のところ私の体は、いわゆる清い体だとしても、既成事実を作られたところで、絶対に父親の思い通りになんてならない。
「偶然見つけた腕のいい者に、専属護衛を任せています。犬のように鼻がいいので、主の危険には必ず駆けつけてくれるかと」
駆けつけられなくとも、とある方法で護衛を召喚する予定だ。失敗した時は、採算度外視で隙を突いて逃げるだけ。
「……含みのある言い方ね。カエナはその護衛を気に入ったの? 記憶喪失で素性がわからないと聞き及んでいるわ」
「はい。鳥の雛のように私の後を追いかける様も、忠犬のように私を危険から遠ざける様も、とってもかわいらしいですよ」
「……その護衛も、お気の毒ね」
「それなりの対価を払って、かわいがっていますよ? ただ働きはさせていません」
「……そう。できれば長くカエナのそばで働いてほしいものね」
どうしてかしら? 王妃が気の毒ななにかを見るような目を向けてきたわ?
「そういえば最近、ビーフェスカ国王家が騒がしいようよ。私の母国であるシーケン国も警戒しているみたい。カエナはビーフェスカ国内でも取り引きしているでしょう。情報収集を怠らないようにね」
軍事国家の王家が騒がしい? お家騒動かしら? ビーフェスカ国の王妃と第一王子の仲が悪いことは、実は商人なら誰もが把握している。
とはいえシーケン国も警戒するとなると、かつてビーフェスカ国が行ったような侵略戦争の可能性も出てきている?
「肝に銘じます」
脳を回転させつつ涼しい顔で返事をしておいた。
ポルプ侯爵家を初めて訪れてから五年。十九歳となった私に、静かな声音で話を切り出したのは、エイゾナ国王妃陛下。
城の応接室には高貴な身分である王妃と、相変わらず平民である私のふたりきり。王妃は私が持ち込んだ貴金属類を確認するからと言って、人払いをしていた。
今の私は、そこそこ有名になってきた『ティシア商会』の主。
服装も髪型も登城に相応しく、清楚なイメージで統一。真珠で作られた髪留め、二連ネックレスとブレスレット、イヤリングを品よく着けている。
こうして堂々と王妃のもとを訪れるようになってから、およそ三年の月日が流れていた。
「先代王妃までは、服飾品に関してエイゾナ国王室御用達を謳っていた、『ヤッカミー商会』を知っているわね」
「もちろんです」
知らないはずがない。私が十三歳頃まで、ヤッカミー商会の服飾品を身に着けることこそ、貴族の嗜みとされていた。
かつてはエイゾナ国内における、ヤッカミー商会が販売する服飾品の貴族シェア率は、九割を占めていた。
私が十三歳頃で、七割。十九歳となった今は、五割を下回りつつある。
つまり約五年前まで、ヤッカミー商会が自国の服飾業界を牛耳るせいで、他の商会が入り込む隙がなかった、とも言える。
「カエナが私の婚姻式でベールガールを務めた時から、もう十年の付き合いになるかしら」
そう、私は九歳で王妃と出会った。
ベールガールになったのは、伯爵家外部の権力者と知り合いたかった私と、駒である娘の顔を大々的に売りたい父親。互いの利害関係が成立したからに他ならない。
「はい。あの時見せた宝飾デザインを気に入っていただき、私が成人するまでは私の正体を隠した状態で、長年デザインを重用していただきました。他国から嫁がれた王妃陛下が、古くから王室御用達を掲げていたヤッカミー商会から手を引くのは、大きな反発もあったでしょう」
「そうね。ヤッカミー商会を後援し、商会の実質的運営者であるアクソク侯爵の妨害は、かなり煩わしかったわ」
「国王陛下にも、感謝しております」
アクソク侯爵は国王に働きかけ、王妃にヤッカミー商会の品を使わせようとした。
けれど国王は、妻である王妃の味方だった。
というのも国王は、正したがっていたのだ。エイゾナ国内で自分の利益ばかりを追求し、男尊女卑思想に偏っている、主に男性貴族のあり方を。
これはエイゾナ国周辺国の情勢的に、今は他国との交易を活発にしなければ、隣国であるビーフェスカ国のような、軍事に力を入れる国から食い物にされる可能性が高まっているせい。
ビーフェスカ国には、〝血の王子〟と呼ばれるハティアス第一王子がいる。王子は十三歳から戦場に立ち、周辺の小国を次々と属国にしていったとか。
血の王子と呼ばれる所以は、そうした背景と、王子の髪と瞳が元々、赤かったところからきているよう。
だからといって一国の王子の外見を〝血〟で表現するなんてと、思わなくもない。
けれど王子は自国の城で過ごす時も、頭からつま先まで、常時甲冑を身に着けているらしく、王子の素顔を知る者が、今では国王と王子の側近くらいしかいないらしい。
高位貴族であるポルプ侯爵も、今の王子の素顔は知らないみたい。
そんな異様な出で立ちもあり、〝血の王子〟という呼び名が定着したのかもしれない。
そしてビーフェスカ国王妃の実父であり、宰相を務めるデルボア公爵は野心家で、息子の小公爵はかなり好戦的な性格だ。
エイゾナ国王がシーケン国王女との国際結婚に踏み切った理由は、ビーフェスカ国のような国から自国を守ることも含め、国防を考えたからに他ならない。
「存在を隠していた頃ならいざ知らず、成人を迎えた十六歳からは、商会長として表に出てきたでしょう。アクソク侯爵からしてみれば、国内シェアを占領していく無名のデザイナーが、やっと表に出てきたと思ったはず。それも商売敵(ライバル)として」
もちろん知っている。王妃の言葉に、ゆっくりと頷く。
「エイゾナ国内のみならず、近隣諸国でも手広く取引先を確保していく商会主のカエナを、脅威に感じているのでしょうね。それに先日の夜会でルーター伯爵とアクソク侯爵が、密談していたそうなの」
「ふたりが手を組んだようですね」
「ある程度の情報は、リリス夫人からも得ているようね」
「はい。けれどリリス様は私が成人する少し前から、私が用意した別邸に居を移しています。そのため、ルーター伯爵の動きを素早く掴むのは、難しくなってきたかと」
それでもリリスは可能な限り、信用できる伯爵邸の使用人から、情報を収集してくれている。
「ルーター伯爵は、未だにカエナを呼び戻そうとしているそうね」
「私の駒としての価値が成人以降、特に上がっていますから」
「アクソク侯爵は、貴女を攫(さら)う計画を立てているわ。なにを狙っているか、もうわかるわね」
「もちろんです」
父親は、間違いなく私をアクソク侯爵に売った。
私が既に成人した以上、そして私の籍をルーター伯爵家に移せていない以上、父親が私に政略結婚を強いることはできない。
とはいえ女としての瑕(か)疵(し)をつけた上で、その責任をアクソク侯爵側に取らせる形にすれば、どうだろう? エイゾナ国の男性貴族らしい、実に胸くそ悪い思考だ。
けれど万が一、父親の計画が成功したとしても、私には前世の記憶がある。今のところ私の体は、いわゆる清い体だとしても、既成事実を作られたところで、絶対に父親の思い通りになんてならない。
「偶然見つけた腕のいい者に、専属護衛を任せています。犬のように鼻がいいので、主の危険には必ず駆けつけてくれるかと」
駆けつけられなくとも、とある方法で護衛を召喚する予定だ。失敗した時は、採算度外視で隙を突いて逃げるだけ。
「……含みのある言い方ね。カエナはその護衛を気に入ったの? 記憶喪失で素性がわからないと聞き及んでいるわ」
「はい。鳥の雛のように私の後を追いかける様も、忠犬のように私を危険から遠ざける様も、とってもかわいらしいですよ」
「……その護衛も、お気の毒ね」
「それなりの対価を払って、かわいがっていますよ? ただ働きはさせていません」
「……そう。できれば長くカエナのそばで働いてほしいものね」
どうしてかしら? 王妃が気の毒ななにかを見るような目を向けてきたわ?
「そういえば最近、ビーフェスカ国王家が騒がしいようよ。私の母国であるシーケン国も警戒しているみたい。カエナはビーフェスカ国内でも取り引きしているでしょう。情報収集を怠らないようにね」
軍事国家の王家が騒がしい? お家騒動かしら? ビーフェスカ国の王妃と第一王子の仲が悪いことは、実は商人なら誰もが把握している。
とはいえシーケン国も警戒するとなると、かつてビーフェスカ国が行ったような侵略戦争の可能性も出てきている?
「肝に銘じます」
脳を回転させつつ涼しい顔で返事をしておいた。