塩対応だった旦那様が記憶喪失になったら、執着溺愛して離してくれなくなりました
 苛立ったようにセヴランが瞳を怒らせるのを見て、ラシェルは思わず小さく謝罪してコレットを自分のうしろに下がらせた。侯爵夫人であるラシェルは今、彼よりも立場が上なのだが、怒ったセヴランが実家のブラン男爵家に嫌がらせをしても困る。彼に対してはすぐに委縮してしまう自分を情けなく思いながら、ラシェルはこわばる身体を抱きしめるように両腕を組んだ。

 セヴランはコレットをにらんだあと、次いでラシェルをにらみつけた。そして、まっすぐに指を突きつける。

「このまま侯爵のもとにいたって、おまえは幸せになれない。お飾りの妻を演じ続ける日々は、そのうち破綻するに決まってる」

 まるで予言するかのように確信を持った口調でそう言って、セヴランは更に一歩近づいてくる。ラシェルは彼の視線から逃げるように、一歩下がった。

「この結婚は、私自身が決めたことですから」

「愛されてもいないくせに。ちょっと優しくされたのを勘違いして、惨めなもんだな」

「……っ」

 分かったようなことを言うセヴランに苛立つ気持ちと、今の状況を言い当てられたような気持ちが入りまじって、ラシェルは言葉に詰まる。それを見て、セヴランは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

「おれは、おまえを心配してやってるんだよ。派閥云々でしかおまえのことを見ていない侯爵とは違って、おれはおまえを昔から知ってる。だから――」

「ラシェル」

 早口で何かを言いかけたセヴランの言葉に、低い声が重なる。その声を聞いた瞬間、こわばっていたラシェルの身体がほんの少し緩んだ。

 顔をあげると、少し息を切らしたレナルドが立っていた。彼はすぐにラシェルのそばまでやってくると、守るように腰を抱いてくれた。そのぬくもりに、ラシェルは心から安堵する。

「失礼、妻に何か?」
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