塩対応だった旦那様が記憶喪失になったら、執着溺愛して離してくれなくなりました
 それは、王妃主催の茶会の日だった。王子と王女の将来の側近を選ぶという名目の茶会には、国中の貴族の子女が集められた。もちろんレナルドも参加していたが、当時十歳を過ぎていたレナルドはまだ幼い王子と王女の側近に選ばれるには大きすぎて、対象外であることは分かっていた。

 やがて集められた子供たちは、広い庭のあちこちで思い思いに遊び始める。付き添いの母親たちは情報交換という名の雑談に夢中で、おとなしく座ってお茶を飲んでいる子供なんて一握りだ。部外者の立ち入りが禁じられているこの庭は安全だし、レナルドも母親のもとを離れて庭を散策することにした。

 騎士見習いとして日々勉強や鍛錬に明け暮れているレナルドは、じっと座ってお茶を飲んでいるより身体を動かしている方が好きだ。だが顔見知りの子供たちと遊ぶ気にもならなくて、ふらふらと庭の奥へと歩いていると、ふいにどこからか小さくすすり泣く声が聞こえた。

「……?」

 不思議に思って周囲を見回すが、人の姿はない。だが、時折しゃくりあげながら泣く誰かの声が風に乗って流れてくる。

「誰か、いるのか?」

「……たすけて」

 首をかしげながら問いかけたレナルドの耳に、か細い声が聞こえた。声の出所を探ったレナルドは、近くの木の根元に一冊の本が落ちていることに気づいた。もしかしてと木の上に視線を向ければ、そこには枝にしがみついて大粒の涙をぽろぽろとこぼす少女がいた。

 ミルクティーを思い出させるような柔らかな色をした髪に、淡いピンクのドレスを着た少女は、見るからに甘い匂いがしてきそうなほど愛らしい。青い瞳からこぼれ落ちる涙は、まるで真珠のようだ。

 お人形のように可愛らしい少女だが、何故木の上にいるのかが分からない。

「どうして、そんなところに」
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