塩対応だった旦那様が記憶喪失になったら、執着溺愛して離してくれなくなりました
 身体が鈍るからと少し運動をしてから、レナルドはラシェルの過ごす書庫へと向かった。幼い頃からお気に入りの本を持ち歩くほどだったラシェルは、今も読書を好んでいるらしく、書庫で過ごすことが多い。

 今日は彼女と何をして過ごそうかと鼻歌まじりに扉を開けたレナルドの目に飛び込んできたのは、今にも脚立から落ちそうになっているラシェルの姿。

「ラシェル……っ!」

 一瞬で彼女のもとに駆けつけ、落ちてきた身体を受け止める。無事を確認してホッとしたその瞬間、ぴりっと頭の中に鋭い光が走った。

「……っ」

「レナルド様?」

 心配そうなラシェルの声が、どこか遠くで聞こえる。目の前にいる彼女の顔を見つめているはずなのに、レナルドは頭の中に一気に流れ込んできた記憶を受け止めるのに精一杯だ。騎士として任務に明け暮れた日々や、華やかな夜会の場を冷えた目で見つめた記憶、そして何よりラシェルに結婚を申し込んだ時のこと。

 欠けていた記憶が頭の中を埋めていくのを感じながら、レナルドは愕然としていた。 

 愛しあう夫婦だなんて、真っ赤な嘘だ。レナルドはラシェルに、『形だけの結婚』を冷たい声で求めた。

 ラシェルはレナルドのことを、愛してなどいない。

 だが同時に、ここ数日の様子も頭に浮かぶ。

 仲睦まじい夫婦であると信じきったレナルドが求めた触れあいを、ラシェルは笑顔で受け入れてくれていた。それは、どういった理由からなのだろう。

 頭を押さえて固まるレナルドを見て、ラシェルは不安げに瞳を揺らした。その顔は、心からレナルドのことを案じてくれているように思える。

 素早く考えを巡らせ、レナルドは記憶が戻ったのをまだ黙っておくことにした。ずるいことをしているとは分かっているが、ラシェルはまるでレナルドを愛しているかのように振舞ってくれている。きっと、記憶を失ったレナルドを思いやってのことなのだろうが、それでも構わない。偽りのこの関係を真実にするためなら、なんだってできる。
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