塩対応だった旦那様が記憶喪失になったら、執着溺愛して離してくれなくなりました
「そ、そういうわけではないですけど! やっぱり私とレナルド様では身分も違いすぎますし……」

「政治的な思惑で求婚したとはいえ、きみは俺の正式な妻となる人だ。愛人を持つつもりだって、ない」

 レナルドは、視線を逸らしながらぼそりと言った。

 愛されることはないだろうけれど、命の恩人であるレナルドのそばにいられるなら、幸せだ。

 彼の妻として精一杯頑張ろうと決めて、ラシェルは婚姻のための書類にサインをした。

 ◇

 レナルドに求婚されてから五日も経たないうちに、ラシェルはヴァンタール侯爵家に移り住むこととなった。

 貴族の結婚といえば盛大な結婚式や披露宴が主流だが、お金がかかることは避けたいとラシェルの方から辞退した。レナルドも仕事が忙しいので、婚姻の届出をするだけで構わないと言ってくれた。彼としては、とにかく『結婚した』という事実さえあればいいのだろう。

 レナルドの両親である前侯爵夫妻への挨拶も、必要ないと言われてしまった。彼の方から手紙で報告はしているそうだし、療養中の前侯爵を訪ねてわずらわせるのも申し訳ないと、ラシェルも納得した。

 というわけで書類を提出してヴァンタール侯爵夫人となったラシェルは、今日からレナルドと共に暮らすこととなる。

 忙しいだろうに、レナルドはわざわざ大きな馬車で迎えに来てくれた。もちろん、侯爵家へ嫁ぐラシェルに一人で来いなんて言うはずないことは分かっているのだが。

 家族と別れの挨拶を交わしたあと、ラシェルは隣に立つレナルドの顔を見上げた。父親と話しているときは感じのいい笑みを浮かべていた彼も、今は冷たい無表情に戻っている。

「あの、レナルド様……。出発する前に少しだけ庭を見てきてもいいですか?」

「それは構わないが、何か用事でもあるのか」
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