塩対応だった旦那様が記憶喪失になったら、執着溺愛して離してくれなくなりました
 指摘されて、ラシェルは慌てて涙を拭う。家族と離れることが寂しくて感傷的になっていただけなのだが、セヴランにはこの結婚を嫌がって泣いていると思われてしまったようだ。

「いえ、これは結婚が嫌で泣いていたわけではなくって。心配していただくようなことは何も……」

「強がりとかいいんだよ、そうじゃなくてさぁ!」

 苛立った様子で、セヴランは低く唸る。握られたままの手を離してほしくて軽く腕を引いてみるが、彼はますます強くラシェルの手を握りしめた。

「あの、セヴラン様。私もう行かなくちゃ……。手を離していただけませんか」

「どこに行くっていうんだよ。おまえはおれの……」

「ラシェル嬢、申し訳ないがそろそろ出発してもいいかな」

 セヴランが言いかけたのをさえぎるように、低い声が響いた。声の主はレナルドで、少し離れた場所から足早に近づいてくる。

 すぐそばまでやってくると、レナルドはラシェルの腰を抱いた。思わぬ密着にラシェルは内心びっくりしていたが、セヴランも驚いたのか、握られていた手が離れていく。

「すまない、もう少し待っているつもりだったんだが、仕事が入ってしまって」

「いえ、構いません」

 ラシェルが答えると、レナルドはホッとしたような顔でうなずいた。そこにセヴランが割って入るように、二人の行く手を阻んだ。

「本当に侯爵は、こいつと――ラシェルと結婚するつもりなんですか?」

「もちろんだ」

 即答したレナルドを、セヴランは苛立ちを隠せない様子でにらみつける。

「……金で、買ったのか」

 ぼそりとつぶやかれた言葉が、ラシェルの耳に届いた。もちろんレナルドにも聞こえているはずだが、彼は特に表情を変えない。
< 16 / 167 >

この作品をシェア

pagetop