塩対応だった旦那様が記憶喪失になったら、執着溺愛して離してくれなくなりました
 付き添ってくれた侍女に声をかけると、レナルドはあっという間に部屋を出て行ってしまった。このあと仕事だというから、忙しいのだろう。「行ってらっしゃいませ」と声をかけたが、届いたかどうかすら分からない。

「ラシェル様、長時間の移動でお疲れでしょう。夕食まではゆっくりとお過ごしください。お茶を淹れますね」

 侍女のコレットが、優しくソファへと誘導してくれる。彼女は、ラシェルの専属侍女だ。ブラン男爵家から馴染みの侍女を連れてきても構わないと言われたが、実家は最低限度の人数で回しているのでそんな人員の余裕はない。それを知ったレナルドが、すぐにコレットをつけてくれたのだ。

 ラシェルより少し年上の彼女は、てきぱきと荷物を片付けるとお茶の支度を始める。それを見るともなしに眺めていると、不意に目が合った。慌てて少し視線を逸らすと、コレットは優しい笑みを浮かべた。

「楽になさってください、ラシェル様。ヴァンタール家は皆、ラシェル様を心より歓迎しています」

「ありがとう。知っていると思うけど、私の出身は男爵家なの。あまり裕福とは言えない暮らしだったから、こことは何もかもが違いすぎて、少し戸惑っているのかもしれないわ」

「レナルド様がぜひにと望まれた方ですもの、ご出身がどうかなんて関係ありません」

 香り高いお茶を淹れてくれながら、コレットは楽しげに話し始める。

「ずっと女性を寄せつけてこなかったレナルド様が、ついにご結婚を決断された! ってヴァンタール家は大喜びで、奥様はどんな方かしらって、皆で楽しみにしていたんです。ですからわたしも、ラシェル様にお仕えできることを心から嬉しく思っています」

「そう言ってもらえるのはありがたいけど、この結婚は政治的意味合いが強いものだから」
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