塩対応だった旦那様が記憶喪失になったら、執着溺愛して離してくれなくなりました
 ラシェルの家は、貴族とは名ばかりの慎ましい生活を送っている男爵家だ。

 父親は社交よりも領地の人々と畑仕事をしているほうが好きで、きらびやかな貴族社会とは縁遠い。だからラシェルも、ほとんど夜会に出ることもなく質素な生活を送っている。社交よりも家で本を読んでいる方が好きなラシェルにとっては、そんな生活に全く不満はない。

 だが、二十歳になっても結婚どころか婚約者すらいないラシェルは、完全に行き遅れだ。

 ミルクティーベージュのふわふわとした長い髪と、海みたいな青い瞳は気に入っているし、着飾ればそれなりに見えるだろう。だけど、貧乏な男爵家の娘には結婚の申し込みなんて来ないのだ。

 恋人だっていたことはないし、そもそもラシェルには結婚願望がない。数年前に一度だけ淡い恋をしたが、それが叶わないことは知っている。

 きっと初めての恋の思い出だけを胸に、これからも一人で生きていくだろうと思っていた。

 跡継ぎの兄は優秀だし、行き遅れの娘がいつまでもいては外聞が悪いだろうから、いずれは職を得て家を出ることも考えている。

 昨年、母親を病気で亡くしたのは悲しい出来事だったが、皆少しずつ前を向いている。ラシェルも、まだ幼い妹の面倒を見たり父や兄の手伝いをしたりと毎日忙しくしていた。

 末端の貴族ということもあって裕福ではないものの、勤勉なブラン男爵家は領民らにも慕われており、道を歩くだけで皆が笑顔で声をかけてくれる。

 そんな穏やかな日々に暗雲が立ちこめたのは、一週間ほど前のこと。

 病で亡くなった母親を診てくれていた医師から、薬代が未払いであるとの連絡があったのだ。

 ラシェルの両親は娘の目から見ても仲睦まじく、最愛の妻のため、父親はできる限りの治療を受けさせてやりたいとあちこち奔走していた。
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