塩対応だった旦那様が記憶喪失になったら、執着溺愛して離してくれなくなりました
 王子と王女の将来の側近を選ぶ名目で国中の貴族の子女が集められた茶会に、ラシェルも招待を受けて参加したのだ。だが男爵家の子供にお声がかかるはずもなく、ラシェルは初めて足を踏み入れた王城の立派な庭にただ圧倒されていた。

 その時に、庭で出会った少し年上の少年と、ほんの少しだけ会話を交わした。

 将来は騎士になりたいと話す彼に、ラシェルは持っていた押し花の栞をプレゼントしたのだ。金蓮花の花言葉の通り、勝利を掴み取れますようにと願いを込めて――。

 話した内容は覚えているのに、顔や名前は思い出せない。もしかしたら、自己紹介すらせずに別れたのかもしれない。

 覚えているのは、ラシェルよりも少し大きな手だけ。鍛錬に励んでいるという言葉通り、手のひらにはたくさんのまめができていた。

「あの時の子は、騎士になれたのかしら……。レナルド様に聞いてみたら分かるかもしれないけど、いくら形だけとはいえ妻が別の男の人のことを知りたがるなんて、気分はよくないわよねぇ」

 愛されていないことは分かっているが、嫌われることは避けたい。苦い笑みを浮かべつつ、ラシェルは遠い思い出を記憶の底に封じ込めるように本をぱたんと閉じた。

 その時、扉が開いてコレットが顔を見せた。小さなカートを押しているので、お茶を持ってきてくれたようだ。

 彼女も本が好きなので、こうしてお茶を淹れてもらった際に読書談議に花を咲かせることも多い。

 もっとも、コレットが好きな恋愛小説をラシェルは最近読んでいないので、彼女のおすすめを聞くことしかできないのだが。

「すっかりここが、ラシェル様の第二のお部屋みたいになりましたね」

「そうね、ずっと入り浸ってしまっているわ」
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