塩対応だった旦那様が記憶喪失になったら、執着溺愛して離してくれなくなりました
 安堵で崩れ落ちそうになるが、彼の顔を見るまでは倒れるわけにはいかない。深く息を吐いたラシェルを見て、ユーグもホッとしたような顔になった。

 レナルドは魔獣討伐の任務中に、部下を庇って崖から転落したのだという。幸い、落ちた先の茂みがクッションとなって大きな怪我をすることはなかったとのことだが、頭を打っていたために病院へ運ばれたそうだ。

 ユーグも事後処理等を終えて病院に到着したところで、診察が終わるのをここで待っていたらしい。

「こんなにすぐ駆けつけてくれるなんて、本当にレナルドは愛されてるなぁ。あいつも、口を開けば夫人の話ばかりで」

「えっ?」

 場を紛らわせようとしたのか、ユーグが明るい声で話し始める。だがその内容がよく分からない。レナルドがラシェルのことを話題に出すとは考えられないのだが。

 思わず首をかしげた時、病室の扉が開いて中から白衣を着た初老の男性が出てきた。どうやら診察が終わったらしい。慌てて頭を下げると、医師はラシェルの顔を見て少し眉根を寄せた。その表情を見て、嫌な予感に胸が再び騒ぎ始める。

「……ご家族の方ですか」

「え、えぇ。――妻、です」

 なんとなく名乗ることに躊躇いつつそう告げると、医師の顔は更に曇った。

「奥様ですか。実は、彼には記憶の欠落が見られまして。頭を打ったことによる一時的なものだとは思うのですが、ここ数年の記憶がすっかり抜け落ちているようです」

「記憶が?」

 信じられない気持ちでつぶやくが、医師の表情は変わらない。きっと直接レナルドと会ったほうがいいと判断したのだろう、医師はラシェルとユーグを病室内へと促した。
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