塩対応だった旦那様が記憶喪失になったら、執着溺愛して離してくれなくなりました
 ゆっくりと病室へ足を踏み入れると、ベッドの上に上体を起こして座るレナルドの姿が目に入った。頭に巻かれた包帯が痛々しいが、顔色は悪くない。そのことにホッとしながらも、心は落ち着かないままだ。

「レナルド様」

 思わず声をかけると、レナルドの視線がラシェルを捉えた。その瞬間、彼は信じられないものを見たというように大きく目を見開いた。

「ラシェル・ブラン男爵令嬢? なんで、きみが……ここに」

 戸惑いにあふれた声で名前を呼ばれて、ラシェルの胸がぎゅっと苦しくなる。医師の言う通り、彼はラシェルと結婚したことを忘れてしまったようだ。結婚の申し込みを受けるまでレナルドと交流はなかったが、彼も貴族社会に身を置いているのだからラシェルの存在くらいは知っていただろう。話したこともない没落寸前の下位貴族の娘がレナルドを訪ねてくるなんて、普通に考えたらありえない。

「あの、私……」

 どう名乗るべきか迷ってしまって、言葉が出ない。唇を開いたまま固まっていると、隣にいたユーグが一歩前に進み出た。

「彼女はきみの奥さんだ。つい先月、結婚したばかりじゃないか」

「結婚……って、俺と彼女が?」

 驚愕の表情を浮かべたまま、レナルドはラシェルの顔を見つめる。強い視線を向けられて、ラシェルはどんな顔をすればいいのか分からない。視線を受け止めることもできずうつむくラシェルの隣で、ユーグが大きくうなずいた。

「そうだよ。愛する妻との新婚生活が幸せでたまらないといった感じで惚気ていただろう。おかげできみに言い寄る令嬢が激減して、平和になったって笑ってたじゃないか」

「えっ」
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