塩対応だった旦那様が記憶喪失になったら、執着溺愛して離してくれなくなりました
 少しでも借金を減らしたいことは事実だが、ノディエ伯爵家に貸しを作れば今後何を言われるか分からない。もしかしたら、領地ごと奪われてしまうかもしれない。

 返事を濁していると、セヴランはにやにやと笑いながらラシェルの顔をのぞき込んだ。

「もちろん、ただでというわけにはいかない。助けてもらうなら、代わりに何かを差し出すのが筋だ」

「……っ」

 いやらしい手つきで腰を撫でられ、視線は胸元に注がれている。つまりは、ラシェルの身体を差し出せと言うことらしい。借金返済のためとはいえ、彼に抱かれるのはさすがに抵抗がある。だが正直にそれを告げれば、セヴランは気分を害して面倒なことになるだろう。

「分かってるだろう? おまえが、おれのものになれば――」

 どうやって断ろうかと頭を働かせていると、痺れを切らしたようにセヴランが口を開く。だがその声をかき消すように、執務室の扉がノックされた。外から呼びかけたのは、執事だ。

「お話し中、失礼いたします。旦那様とお嬢様を訪ねて、ヴァンタール侯爵がおいでになっております」

「ヴァンタール侯爵……?」

 その名前を聞いた瞬間、ラシェルの胸がどくんと大きな音をたてた。

 彼は、かつて一度だけ言葉を交わしたことがある、ラシェルの初恋の人だ。だが彼がラシェルのことを覚えているとは思えない。会ったのは、もう何年も前のことなのだ。

 そもそも高位貴族の彼が、男爵家の娘を訪ねて来るということ自体が信じられない。

 ラシェルは思わず父親と顔を見合わせた。彼に密かな想いを抱いていることは誰にも話したことがないし、父親も心当たりはなさそうだ。

「どうして、うちに……? しかも、ラシェルにも用があるって、一体どういうことだ」
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