塩対応だった旦那様が記憶喪失になったら、執着溺愛して離してくれなくなりました
 深く息を吐いて何度か瞬きを繰り返すと、彼はラシェルに微笑みかけた。

「いや……一瞬何かを思い出せそうな気がしたが、分からなくなってしまった。すまない、まだ記憶は……戻っていないようだ」

「そうですか……。傷が痛むこともないですか? 体調は?」

「大丈夫だ。問題ない」

 力強い口調でそう言うと、レナルドは気を取り直したようにラシェルを見た。

「きみは大丈夫?」

「ええ、レナルド様が受け止めてくださいましたから」

「そうか……」

 まるで顔色を確かめるように伸ばされた手に、ラシェルは思わず頬を寄せてしまった。その途端、レナルドが驚いたように目を見開く。

「あ、すみません、つい……」

「いや、いいんだ」

 そう言って、レナルドは指先でラシェルの頰をそっと撫でた。

「運動は、もう終わったんですか?」

「あぁ、うん。少し早いが、お茶をしようと誘いに来たところだったんだ」

「そうなんですね。では、行きましょうか」

 ここ数日の癖でレナルドの腕にそっと手を添えると、彼はまた驚いたように小さく肩を跳ねさせた。だがすぐに、腕が腰へと回される。

 彼の反応に微かな違和感を抱きながらも、ラシェルはレナルドにエスコートされて書庫を出た。

 レナルドの部屋に着くと、すでにお茶の準備が整えられていた。待機していた侍女がお茶を淹れ終わると、レナルドは「下がっていい」と短く命じる。頭を下げて侍女が去っていけば、部屋には二人きりとなった。
< 73 / 167 >

この作品をシェア

pagetop