塩対応だった旦那様が記憶喪失になったら、執着溺愛して離してくれなくなりました
 そして、ラシェルたちを守るようにこちらに背を向けて立つ男の背中が目に入った。銀の刺繍が施されたマントは、騎士団のものに違いない。

 助けが来たことを知って、ラシェルはホッと身体の力を抜いた。恐怖の名残で身体はまだ震えているが、深呼吸を繰り返しているうちに少しずつ落ち着いてくる。

「大丈夫か、怪我は?」

 振り返った男は、思った以上に若かった。ラシェルよりは年上だろうが、二十歳そこそこに見える。周囲に他の騎士の姿はないので、彼がラシェルたちを助けてくれたようだ。たった一人でこの魔獣を倒すことができる彼は、きっと優秀な騎士なのだろう。艶やかな黒髪に明るい緑の瞳が印象的な、かなりの美男子だ。危ないところを助けてくれた彼が、まるで物語の中の王子様のように見えて、ラシェルは思わず見惚れてしまう。

「大丈夫です、ありがとうございます」

 少し震える声でそう言うと、彼は微かに目を見開いた。その視線は、まっすぐラシェルに注がれている。

「きみは……」

 その反応を見て、どこかで会っただろうかと記憶を探るが、思い当たる人物はいない。こんな綺麗な顔の人なら、一度会えば忘れない気がするのだが。

 戸惑うラシェルを見て、彼はさっと表情を引き締めた。

「失礼、なんでもありません。また別の魔獣が襲ってきたら大変ですから、今のうちに建物の中へ。そちらの子供は俺が連れて行きましょう」

 そう言って彼は、足の悪いエマを抱き上げた。ラシェルは杖を持ち、ジャンの手を引く。

 さっきの彼の反応は、きっとラシェルが貴族令嬢であることに気づいたことによるものだったのだろう。慰問時は質素な服を着るようにしているが、それでも孤児院の子供たちと並べば違いは歴然だ。
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