塩対応だった旦那様が記憶喪失になったら、執着溺愛して離してくれなくなりました
「こうして圧迫しておけば、大丈夫です。血が止まれば、このハンカチは破棄してくださって構いませんから」

「……ありがとう。手当てに感謝します」

 レナルドは小さく礼を言うと、微かな笑みを見せた。それだけで彼の纏う空気が華やぎ、ラシェルは頬が熱くなるのを感じていた。

「それに、こんな可愛い刺繍のついたハンカチを巻いてもらえるなんて」

「あっ、それは……」

 レナルドの指先がハンカチの隅に施された小さな刺繡をなぞるのを見て、ラシェルは思わず頰を赤らめた。少し形の歪んだ青い鳥の刺繍は、ラシェル自身が刺したものだ。あまりうまくできなかったが、どうせ自分が使うハンカチだしとそのままにしていたことを忘れていた。

「い、今はもう少し上達してるん……ですけど」

 もごもごと言い訳のようにつぶやいたラシェルを見て、レナルドは思わずといった様子で噴き出した。下手な刺繍を見られた恥ずかしさも、彼が笑ってくれるならいいやと思い直し、ラシェルも照れ笑いを浮かべた。

「じゃあ次の機会には、別の刺繍を見せて」

 そう言って、レナルドはハンカチを巻いた左手をあげて庭に戻っていった。次の機会なんてないことは分かっているけれど、そう言ってくれた彼の気持ちが嬉しい。

 とくとくと弾む胸を押さえながら、ラシェルはレナルドの背中をじっと見送っていた。

 その時、うしろから荒々しい足音が近づいてきた。

「ラシェル、いつまでも戻ってこないと思ったら、何してたんだよ」

「セヴラン様」

「もう早く帰ろうぜ。こんな危険な場所に、いつまでもいてられるか」

 そう吐き捨てたセヴランを見て、ラシェルはムッとした。自分は我先にと安全な場所に逃げていたくせに、何を言い出すのか。

 そう思いながら、ラシェルはにらむようにセヴランを見上げる。
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