花壇を愛でていたら、花男に愛されるようになりました
第一話『ようやく会えたね』

花叶(はなか)学園に入学して1年と2か月。


私、芽吹莉子(めぶき りこ)には登下校のときに必ず行うルーティンがある。

それは──。


「おはよう、みんな。村田さんちのお花は今日もきれいだなぁ。朝から癒やされる!」

通学路にある村田さんのおうちのお花に挨拶をすること。

大きな一軒家の前にはプランターや鉢植えがいくつも並んでいて、種類や色の違うお花がいつも元気いっぱいに咲いている。

1年前、私が綺麗なガーベラに目を奪われていると家主の村田さんが『好きなだけ見ていっていいよ』と声をかけてくれた。

それ以来、村田さんの家の前で足を止めるのが私の日課となった。


「こっちのアイスランドポピーは昨日まだ咲いてなかった子だ。グラデーションのかかったオレンジの花びらが素敵〜!」

お花を見ていると自然と笑顔になるから不思議だ。

膝に両手をついて観察を続けていると、セミロングの髪が右から左へ流されてしまうほどの強い風が吹いた。


花たちも風に煽られて左右に大きく揺れている。


「今日は風が強いね。みんな強風に負けないように過ごしてね。それじゃあ、また放課後」


村田さん家のお花に別れを告げた私は学校までの道を急いだ。

***



学校に着くと正門前で生徒会役員の先輩が並んで挨拶運動をしていた。

「おはようございます」

「お、おはようございます」

私もぺこりと頭を下げて挨拶を返す。


登校してきた生徒が一斉に下駄箱へと向かう中、私はひとり裏庭を目指した。


教室よりも先に裏庭へと向かう理由は、そこに花壇があるからだ。


たたみ一畳分の花壇と鉢植えに咲いたお花が今日も私を出迎えてくれる。


花叶学園に入学してすぐの頃、偶然、この場所を見つけた。それからは毎朝、教室よりも先に花壇を見に来ている。

「うん! 今日もみんな元気そう」


近くの手洗い場に鞄を置いて、ジョウロに水を汲む。

お花たちの観察を続けていると、背後から砂利を踏む音が聞こえた。

「芽吹さんおはようございます」

振り返った先にいたのは用務員の大沢(おおさわ)大沢さんだ。

大沢さんとはここで話しているうちに仲良くなり、今では一緒にお花の成長を見守っているんだ。

「おはようございます」

「今日も早いですね。お花たちは元気にしていますか?」

「はい。最近、風が強くて心配していたんですけど、みんな今日も元気で安心しました」


「それはよかったです。芽吹さんが来てくれるようになってからお花たちが生き生きとしているように見えますよ」


花壇を見ながら目を細めて優しく微笑む大沢さん。


「へ……?」

「近年、ここへ来るのは私だけでお花たちもきっと寂しかったことでしょう。このこたちが元気に咲いているのは芽吹さんにたくさんの愛情を注いでもらってるからですね」

「わ、私なんて何も……」

お花の成長を見守っているだけで特別なことはしていない。

「むしろ私のほうが元気をもらっています」

「芽吹さんは本当にお花が好きなんですね」

「はい!」

それだけは自信を持って言える。

「おや、そろそろ予鈴が鳴りそうですよ」

大沢さんが腕時計に視線を移して、時間を教えてくれる。

いけない。お花たちに夢中で時間を忘れていた。

「大沢さん、ありがとうございます! 私、教室に行ってきます!」


「はい。いってらっしゃい」


笑顔の大沢に見送られて私は2年の教室がある3階へと駆け足で向かった。


教室に着いたのは予鈴が鳴る1分前。


「おはよー。ねぇねぇ、昨日の歌ステ観た⁉」

「観た観た。ユウキがさー」


教室のあちこちでクラスメイトたちが楽しげに話をしている。

私はその輪に入ることなく、静かに自分の席へと着席した。

さっきまでのおしゃべりな私はここにはいない。

新しいクラスに馴染めていないどころか、入学してから一人も友達ができていないのだ。


私が人と距離を取るようになったのは、小学生の頃、仲の良いと思っていた子たちに『莉子ちゃんと一緒にいてもつまらない』と言われたことが原因だ。

『莉子ちゃんまた公園で花を観察してたの』

『〇〇が咲いてるとか言われても興味ないよね』

お花を見つけても興味を持たない、話をしない。

そうすればみんなと仲良くいられたかもしれないけれど、私の人生からお花を切り離すなんてできなかった。

あの頃の苦い記憶が消えなくて、今でもクラスメイトとは一定の距離を保ちながら接している。


***

5限の授業を終えると、数名の男子が教室の後ろでバスケットボールを使い遊び始めた。


「おーい、小嶋(こじま)! いくぞっ!」

背後からはボールが風を切る音が聞こえてくる。

先生から何度も注意をされているのに、小嶋くんたちは一向に教室でのボール遊びをやめない。

一番後ろの席の私はいつか自分のところにボールが飛んでくるのではないかと常にヒヤヒヤしていた。

ボールが誰かに当たったり、窓ガラスにぶつかったりしたらどうするんだろう。

そう思うのに「ボール遊びは外でしてほしい」という一言が口に出せない。

「はぁ」

代わりにこぼれたため息は彼らにではなく、気弱な自分へのもの。

早く授業が始まらないかな。

そんなことを考えていると、バシッと音がして右肩に痛みが走った。

床には小さくバウンドをするバスケットボール。

「やべっ。わりー大丈夫?」

小嶋くんは私の近くに落ちていたバスケットボールを拾い上げると、へらへらした笑顔を浮かべながら謝ってきた。

「……大丈夫」


本当はジンジンと痛むけど、小嶋くんたちだって悪気があった訳じゃない。

「痛い」なんて口にしたら困らせてしまうだろう。

私は平気なふりをして机に置いてあった教科書に視線を落とした。 



***


「それでね。小嶋くんたち、あの後もボール遊びをやめなかったんだよ?」

放課後。花壇の前でしゃがみ込む私の話をお花たちは黙って聞いてくれていた。


1日の授業を終えた後はここで癒やされてから帰宅する。

大沢さんがいる日は一緒におしゃべりをするけれど、今日は忙しいのかその姿は見当たらない。


「そろそろ帰ろうかな」


お花の健康状態も確認したし、早めに帰って今日出た課題をやろう。

ゆっくりと腰を上げると、近くから複数の男子の声が聞こえてきた。

裏庭に人が来るなんて珍しい。

「おーい! あったぞ」

小嶋くんを先頭にクラスの男子たちがぞろぞろと裏庭に足を踏み入れてくる。

小嶋くんたちがどうして裏庭に……?


「芽吹じゃん。こんなところで何してるんだよ?」

小嶋くんは人差し指の上でクルクルとバスケットボールを回しながら私との距離を詰めてきた。

「か、花壇を見に来たの」

「花壇? あー、こんなところに花壇なんてあったんだ。おまえら知ってた?」

小嶋くんの言葉にみんな首を横に振る。

「こんなところに足を運ぶ物好きなんて芽吹しかいないんじゃね?」

鼻で笑う小嶋くんに胸がズキッと痛んだ。

どうして、そんなことを言われないといけないんだろう。

私、何か悪いことした?

これ以上、この場にいたくなくて鞄を取りに行こうと背を向けた。そのとき──。


「なぁ、芽吹。おい、どこ行くんだよ」

小嶋くんが声を張り上げた直後、花壇からガサッと音がした。

「えっ……?」

咄嗟に振り向いた私は、目の前の光景に言葉を失った。

花壇の中にはさっきまで小嶋くんが指の上で回していたボールが転がっていたのだ。

今の音ってボールが花壇に落ちた音?

なんの躊躇もなく花壇に足を踏み入れようとした小嶋くんに私はサーッと血の気が引いた。

「は、入らないで……!」

花壇内に落ちていたボールを小嶋くんよりも先に手に取る。

手前に咲いていた桔梗(ききょう)はボールが当たったのか、茎が曲がっていた。

「わりー、芽吹にパスしたつもりだったんだけど」

ボールを受け取ろうと手を伸ばしてきた小嶋くんは今朝と同じように笑っている。


「お花が傷ついたのにどうして笑っていられるの?」

「え? あー、」

小嶋くんは花壇に視線を落としたあと、信じられない言葉を口にした。

「しょせん花だろ? また咲くって」

ボールが当たったのが私なら痛くても我慢する。

だけど、たった今傷つけられたのは大切に育ててきたお花たち。

黙ってなんかいられない。


「このお花は先輩や先生、用務員さんたちが今まで大切に育ててきてくれたものなの。しょせん花なんて言葉で片付けていいものじゃないよ!」

私が発した声が思いの外、大きかったからか、小嶋くんだけじゃなく周りにいた男子たちも驚いたような表情をしていた。

私自身もこうして怒りを口にできるなんて思わなかった。


「な、なんだよ。いつもは何にも興味を示さないくせに!」

小嶋くんは顔をカアっと赤くすると、 私の肩を押した。

バランスを崩した私はその場で尻もちをつく。


「お、おい小嶋。今のはまずいって」

小嶋くんの隣にいた男子が地面に座り込んだ私を見て目を瞬かせる。

「し、知るかよ!」

小嶋くんは私の手からこぼれ落ちたボールを拾い上げるとみんなと一緒に校庭へと戻っていってしまった。

「いたたたたっ」

手についた砂を払おうとしたら、無数のすり傷があることに気づいた。

尻もちをついたとき咄嗟に手で体を支えようとしたからだろう。

手のひら全体がヒリヒリと痛むけれど、今はそんなことよりも……。


「桔梗……!」

ボールが当たった桔梗は茎が曲がり傷がついていた。

このまま放っておけば折れてしまうだろう。

「ど、どうしよう。あっ、そういえば」

近くの倉庫に支柱が置いてあることを思い出した私は急いで取りに行った。


「これで合ってるのかな……?」

桔梗がこれ以上、曲がらないように茎と支柱を紐で結び固定する。


応急処置は終えたけど、これでいいのかな?

大沢さんを探しに校内を歩き回ったけれど、会うことはできず他の先生に伝言を頼んだ。

最後にまた花壇に戻り、他のお花も傷ついていないか最終チェックをする。

痛々しい姿の桔梗を見ていると、目にじわりと涙が浮かんできた。


「守ってあげられなくてごめんね。私のせいで痛い思いをさせてごめんね」

私がもっと早く小嶋くんたちを裏庭から遠ざけていれば……。

目からこぼれ落ちた涙は花壇の土を濡らし色を変えた。

本当はこのまま桔梗の様子を見ていたい。

でも、そうはいかず私は後髪を引かれる思いで裏庭を後にした。


(莉子、泣かないで──)


誰かが私に話しかけていたことなんて知りもせずに。




翌日、私はいつもよりも30分早く家を出た。


桔梗、元気かな……?

学校に着くとちょうど先生が門を開けているところだった。

「あら、早いわね。おはよう」


「おはようございます!」

もちろん、真っ先に向かうのは桔梗のもと。

「大丈夫かな……って、あれ?」

裏庭に到着した私は信じられない光景を目にした。

昨日、支柱で固定した桔梗が根っこごとなくなっているのだ。

「ど、どういうこと?」

もしかして、私の処置が間違っていて、処分されちゃった……?

体の力が抜けて肩から鞄が滑り落ちる。

「そ……んな。大沢さんなら何か知ってるかな?」

大沢さんを探そうと振り向いた私は、勢いそのままに誰かとぶつかった。

鼻頭にジーンと痛みが走る。

「す、すみません」

相手を確認するよりも先に頭を下げた。

「俺のほうこそごめん。怪我してない?」

頭上から降ってきたのは落ち着きのある低い声。

「だ、大丈夫です!」

顔を上げると私よりも10cmほど背の高い男の子と視線がぶつかった。

綺麗な青の瞳──。

見たことない顔だけど先輩? それか後輩かな?

日に照らされた黒髪はキラキラと輝いていて、切れ長の目がパチパチと瞬きを繰り返している。

スッと通った鼻筋も、形のいい唇もまるで絵本の中から出てきた王子様みたいだ。

だけど、どうして体操着を着ているんだろう。

「怪我してなくてよかった。昨日、擦りむいたところは?」

「へっ?」

「手のひら」

目の前の彼はそう口にすると私の両手を優しく取って傷の確認をはじめた。


「え、えっと……」

どうして私が怪我したことを知ってるんだろう。

まさか、校舎から見られてたのかな?


そ、そうだとしても、なんでこんなに心配してくれるんだろう……。

というか、手! 手! し、知らない男の子に手を握られてる。

指先がじわじわと熱を持って、心臓の音がドクンドクンと速くなる。

相手は今日、初めて会った男の子。

だけど、手を握られても不思議と嫌な気持ちはしなかった。

むしろ、彼に手を握られていると安心するような。


「今も痛い?」

「す、少しだけ……」

「あいつ許せない。俺の莉子を傷つけるなんて」


さっきまで穏やかな表情を浮かべていた彼の顔つきが一瞬にして険しくなる。

あいつって……? 

それに今、“俺の莉子”って言った?

「あの……」

「おーい、ひとりで行動するなと言っただろう」

私の言葉を遠くから走ってきた大沢さんがかき消した。

「あ、おじさん」

「全く。勝手にいなくなるんじゃない」

いつも冷静な大沢さんが珍しく焦っている。

大沢さんは彼が誰なのか知ってるのかな?

聞きたいことはたくさんあるけれど、私がまず優先するべきことは桔梗だ。


「大沢さん! 昨日の桔梗の話なんですけど」

「ああ、外出先から戻ったあと他の先生から聞いたよ。すぐに力になれなくてすまなかったね」

「そ、その桔梗のことなんですけど、今見たらなくなってて。どうなったか知ってますか?」

「そのことなんだけどね……。私も昨日、話を聞いて今日は早めに様子を見に来たんだ。そしたら……」

大沢さんは私の目の前に立つ彼に視線を移すと小さなため息を吐いた。

もしかして、昨日の桔梗と彼はなにか関係があるの?

「私もまだ信じれないんだが」

「花壇の桔梗について何か知ってることがあるなら教えてください!」

私の質問になぜか彼は嬉しそうに口角を上げた。

「あの?」

「桔梗なら今、目の前にいるよ」

桔梗が目の前にいる?

彼はそう言うけれどどこにも桔梗は見当たらない。

な、なんの冗談だろう。

もしかして、彼の名前が桔梗なのかな?


「私が言ってるのはお花のことで、昨日花壇に咲いていた桔梗のことです」


「うん。だから、今目の前に立ってる」

じょ、冗談にして少し長くないかな?

だけど、私をからかってるようには見えない……。

「芽吹さん、信じられないと思うけど、彼は裸で花壇の前に倒れていたんだ。そして、自分を昨日怪我した桔梗だと言っている」


お、大沢さんまで何を言っているの?

ふたりの言うことが本当なら桔梗が人間の姿になったっていうこと?

にわかには信じがたいけど、大沢さんが私に嘘を言うとは思えない。

……でも、そんな話を簡単に受け入れられないよ。

「その顔はまだ信じてないな?」

桔梗だと名乗る男の子が私の顔を覗き込む。

「そ、そりゃそうだよ」

「まぁ、そうだよな。どうやって俺が桔梗だって証明するかな……。あっ、名前!」


「名前?」


「俺、最初から莉子の名前を知ってただろ。それはいつもあそこに置いてある莉子の鞄に名前が書いてあったから。それと昨日、怪我したことを知ってるのも花壇から見てたからだよ」

彼の言葉を信じれば色々と辻褄が合うけれど、本当に花壇に咲いていた桔梗が人間になったっていうの?

「あ、あと、これ見て」

桔梗と名乗る男の子はシャツを脱ぎ上半身裸になると脇腹を指さした。

そこには1cmほどの傷がある。


「昨日、怪我したところ。莉子がすぐ処置してくれたからこの程度で済んだんだ」

確かに、桔梗にも小さな傷があった。

「本当に……本当に本当に桔梗なの?」

「だから、そうだって言ってるだろ」

「でも、どうして人の姿に?」

「さぁ? それは俺もわからない。昨日、莉子の涙を拭いてあげたい。俺は大丈夫だからって伝えて、いつもみたいに笑ってほしい。そう思っていたら人の姿になったんだ」

私が昨日、泣いたことも知ってるの⁉

お花が人間の姿になるなんて普通だったら信じられない。

だけど、桔梗じゃないと小さな傷のことも、私が泣いていたことも知らないはずだ。

……本当に花壇に咲いていた桔梗が人間の姿になったんだ。

「桔梗の話は信じるけど、やっぱりまだ不思議な気持ち」

私がぽつりとつぶやいた言葉に大沢さんが「私もですよ」と頷いた。

続けてこう話す。

「私も花が人間になるなんて信じなかったでしょう。この学園でなければ」

この学園でなければってどういう意味だろう?

「桔梗が人間になったことと、花叶学園がなにか関係してるんですか?」

「そうですね……詳しい話はかっちゃんに会ってからにしましょう。芽吹さん、桔梗くん、急ぎますよ」

「は、はい」

ん? 急ぐってどこへ?

かっちゃんって誰なの? 謎は深まる一方だ。

私と桔梗は校舎に入っていく大沢さんの背中を追った。

階段を上がり、職員室の隣にある部屋の前で足を止めた大沢さん。

私も何度か前を通ったことがあるその部屋の扉には、『校長室』と書かれていた。

かっちゃんって校長先生のことだったの?

そういえば校長先生の名前は森藤勝久(もりふじ かつひさ)だったっけ。

だけど、校長先生のことをあだ名で呼ぶなんてふたりはどういう関係なんだろう。


「失礼します」

大沢さんに続いて私と桔梗も校長室へと足を踏み入れる。

中にいた校長先生は机に置いてあった手帳を手に取り、イスから立ち上がった。

(おお)ちゃん! あの言い伝えと同じことが起きたって本当かい⁉」

大ちゃんは大沢さんのことかな。

「かっちゃん、落ち着いて。ここは学校なんだからあだ名で呼ぶのはよそう」

「そうだったな……って、大ちゃん……ゴホンッ大沢さんもですよ」

「あ……すまない。かっ……校長先生」

「君があの花壇の……立ち話もなんだ。座って話そう」

校長先生と大沢さん、私と桔梗がそれぞれソファへと腰を下ろす。

大沢さんの話によると、ふたりは花叶中学の卒業生で同級生だったらしい。

今でも気を抜くとあだ名で呼び合ってしまうほどの仲の良さなんだとか。

「花叶学園の花が人間化するって話が本当だったとは」


「人間化……?」

「実は花叶学園には昔、花が人間化するという噂があったんだ。噂の発端は私のご先祖様が残したこの日記」

校長先生が持っていた手帳を開く。

中には日付があり日記帳のようだった。

色あせたカバーから相当な年季を感じる。


「ここに記されている話によると、ある日荒れていた花壇を見つけた少女は花たちの世話を始めたらしい。数十年後、教師となった彼女は変わらず花壇を守り続け、その場所に学校を設立した。その学校の名は花叶学園」

私たちの学校の話だ。

「花叶学校と名付けた理由は彼女……初代校長が花と叶えた夢だから」


「花と叶えた夢……ですか?」

「ああ。初代校長が教師になって数年、自分で学校をつくりたいという夢を諦めそうになったとき、花壇に咲いていた花が人となり自分を支えてくれた。と、ここにはそう書かれてある」

裏庭にある花壇は花叶学園よりもずっと前からあって、人となった花が初代校長先生を支えた……絵本の中のようなお話が実際に起こるなんて。


「今では人間化の話をする者はいなくなってしまった。私たちも実際に人間化した花を見たことないからね。でも、桔梗くんの話を聞いて確信したよ。ご先祖様の話は本当だったんだって」

桔梗を見つめる校長先生と大沢さんはふたりして子供のように目を輝かせていた。

「あの……桔梗はこれからどうなるんですか?」


人間化したあとのことは日記に書かれていないのかな?

「この日記には人間と同じような生活を送ったと書かれている。だから、桔梗くん。君は今日からうちの生徒だ!」

校長先生は桔梗の手を取り固い握手を交わした。

き、桔梗が花叶学園の生徒に⁉

それから話はトントン拍子で進み、桔梗は花叶学園の生徒になり、学園内の寮で生活することが決まった。


「それじゃあ、必要なものはあとから届けるから。えーっと、名前はどうしようか?」

「名前は莉子につけてほしい」

「わ、私⁉」

桔梗と校長先生が私の案をじっと待つ。

「え、えっと……名前はやっぱり桔梗がいいかな?」

自然とそう呼んでいたし。

「じゃあ、俺、桔梗にする」

「苗字は同じクラスの生徒と被らないよう私が考えておこう」

「よろしくお願いします」

私が頭を下げると桔梗も私を真似して頭を下げた。

「せっかく人間になれたのに莉子と一緒にいられないのか」

これから授業がはじまる私は教室へ、桔梗は明日からの準備のため大沢さんと寮へ向かうことになった。

だけど、桔梗は私の手を離そうとはしなくて、大沢さんも困っている。

私も桔梗ともっと一緒にいたいけど授業をサボるわけにはいかない。


「花叶学校の生徒になるためには色々と準備しないと。大沢さんも仕事の合間を縫って時間を作ってくれるんだから困らせちゃだめだよ。明日からはいつでも会えるからね?」

桔梗は納得したのか私の手をそっと離す。


「わかった。俺、おじさんの言うことを聞いて準備する。これからずっと莉子といるために」

「え?」

「今まではみんなの莉子だったけど、これからは俺だけの莉子だから」

桔梗はそう言い残すと大沢さんと寮へ向かった。

「俺だけの莉子……」

あれ? もしかして私、まずいこと言っちゃった?


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