優しい雨が降る夜は
「やーん、お姉ちゃんったら。なんだかんだ、いい出会いあるんじゃない」

優吾と光太郎が出て行くと、カップを両手で持ち上げて、美空が意味深に笑う。

「なに? いい出会いって」
「だってあんなにイケメンの雨宮さんに栞を拾ってもらって、またここで再会するなんて。しかも雨宮さん達、ほぼ毎日ここに来るってことは、これからもまた会えるってことでしょ? これはもう、行くしかなーい!」
「どこに?」
「またまたー、分かってるくせに」

美月が仏頂面でカップを口に運ぶと、美空は身を乗り出して声を潜めた。

「お姉ちゃん、どうしてそんなに恋愛に消極的なの?」
「どうしてって、別に興味ないもの。逆に美空はどうしてそんなに恋愛に前向きなの?」
「だって楽しいじゃない」
「そうかしら。私は全然楽しくなかったわ」
「そう……って、ええ!? お姉ちゃん、彼氏いたことあるの?」
「あるわよ、大学生の時に」
「衝撃……知らなかった」

呆然と呟いてから、美空は目を輝かせる。

「それでそれで? どんな人だったの?」
「普通の人。同じゼミだったからいつも一緒にいて、なんだかんだで一緒に勉強して。向こうはアパートにひとり暮らしだったから、会いやすいっていうのもあったかな」
「うっそ! ひとり暮らしの彼の部屋に上がったの? じゃあ、もしや……」
「ああ、どこまでいったかってこと? キス止まり」
「ヒィ! お姉ちゃんの口から、そんな赤裸々な……」
「美空が聞くからでしょ」

淡々とカプチーノを飲む美月に、美空はグッと顔を寄せた。

「どうして、その……キス止まりだったの? そういう雰囲気にはならなかった?」
「ん? 一度だけなったわよ。ベッドに押し倒されて」
「ングッ……、そ、それで?」
「横たわった私に、彼が覆いかぶさってきたの。で、だんだん顔が近づいてキスされて……」
「クーッ! そそそ、それで?」
「なんか、違うなって」

は?と、美空はそれまでの興奮状態から一気に真顔になる。

「なに? 違うなって」
「だから、そのままよ。上から見下ろされてキスされた時、思ったのよ。なんか違うって。だからピタッて彼の胸を押さえて止めたの。そしたら彼も素に戻って、お互い起き上がって……。私が『帰るね』って言ったら彼も『分かった』って言って、そのまま別れたの」
「いやいやいや、全然分かんないから。なにそれ、どういうこと?」

んー、そうね、と美月は頬杖をつく。

「そういうことをするのって、ものすごく心を開いた相手じゃないと無理じゃない? いざその時になって、私はこの人にそこまで気を許せないなって思ったのかも。だって普通に考えてみてよ。お互い一糸まとわぬ状態で、あろうことか合体するなんて……」
「お、お姉ちゃん!」

美空は周りを気にしながら美月を止める。

「大丈夫よ、私のことなんて誰も気にしてないから。職場でも『気配ないね』とか『居たのに気づかなかった』ってよく言われる」
「そんなことないよ。そりゃ、普段のお姉ちゃんは地味子だけど、今日はとびきり綺麗だもん。ほら、見て」

美空はバッグから小さな鏡を取り出すと、美月に見せた。

「えっ、これ、私?」

鏡の中の自分に、美月は驚く。
まつ毛は長くカールし、目元はぱっちりくっきり。
頬はチークでほんのりピンクで、唇はぷるんと潤っている。

いつもは真っ直ぐ下ろしている髪も、サイドは編み込んで毛先を巻き、前髪もすっきり横に流してあった。

メイクと髪型でこんなに変わるとは……。
もはやこれが自分だとは信じられない。

「私がばっちりメイクしてあげたの。どう? 綺麗でしょー。ちなみにそのワンピースも、ボルドーで落ち着いた印象だけど、身体のラインが分かって結構セクシーなんだよ」
「そうなの? ちょっと、どうして教えてくれなかったのよ。だから出かける前に鏡を見せてくれなかったのね?」
「ふふふー、そうなの。お姉ちゃんは磨けば光るって、前から思ってたんだ。今夜の合コンも、『イケてるスーザン姉さん』って印象だったと思うよ」
「そんなの嬉しくない!」
「まあまあ。ほら、さっきから通り過ぎる男の人達、チラッてお姉ちゃんのこと見てるよ」

むーっと、美月は頬を膨らませた。

「美空、帰るわよ」
「ええー、どうしてよ?」
「恥ずかしいからに決まってるでしょ。ほら、早く」
「待ってよー」

美月はカップを返却口に返すと、スタスタと急ぎ足で駅へ向かった。
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