優しい雨が降る夜は
手にした小さなバッグからスマートフォンを取り出そうと、ゴソゴソ探る。

(あれ? どこだろう)

自宅で着替えている時に、美空が美月のバッグから自分のバッグに中身を移し替えた為、どこになにが入っているのかよく分からなかった。

(これかな? あ、違う。美空ったら、文庫本まで入れたのね)

取り出した文庫本をもう一度バッグにしまおうとした時、ページの隙間から栞がひらりと床に落ちた。

(また落っことしちゃった。落ちやすいのかな?)

手を伸ばして拾い上げようとすると、隣の男性と手が触れ合った。

「あ、すみません」
「いいえ。……あれ?」

男性は手にした栞をじっと見てから、顔を上げる。

「君、もしかして」
「え?」

美月も男性をじっと見つめてから、「あ!」と思い出して頭を下げた。

「先日はありがとうございました」

雨の日に、このカフェで栞を拾ってくれた男性に間違いなかった。

「やっぱりあの時の。見たことある栞だから、ひょっとしてと思ったんだけど、随分印象が……」

向かい側に座っていた人が「優吾、知り合いか?」と聞くのと、「お姉ちゃん、お待たせー」と美空が戻って来たのが同時だった。

「ん? お姉ちゃんのお知り合い?」
「そういう訳ではなくて。ほら、前に話したでしょう? このカフェで栞を落とした時、拾って追いかけてくださった……」
「ああ! 【雨の日の君】ね。初めまして、妹の美空です」
「美空、まだ私の名前も申し上げてないのに……」
「そうなの? では改めまして、姉の美月と、妹の美空です」

人懐っこい笑顔を浮かべる美空に、男性二人も自己紹介する。

「初めまして、雨宮(あめみや) 優吾です」
「俺は優吾の同僚の立川(たちかわ) 光太郎です」

美月も二人に向き直って頭を下げた。

「風間 美月と申します。先日は本当にありがとうございました。幸いにもこうしてまたお会い出来ましたので、なにか返礼品をお渡し出来ればと……」
「は?」

ポカンとする優吾に、美空が慌てて取り繕う。

「お姉ちゃん! ふるさと納税じゃないんだから。えっと、雨の日の君は、雨宮さんっておっしゃるんですね。すごーい、さすがですね」
「はあ……」

今度は美月が美空を咎めた。

「美空、戸惑ってらっしゃるでしょう? すみません、妹が」
「お姉ちゃんの方が戸惑わせてるわよ。大体こんなイケメンな方なのに、印象がギリギリ平成ひと桁生まれねって、どういうこと?」

すると光太郎が笑い出した。

「なんだか面白い美人姉妹だな。綺麗な装いだけど、どこかの帰り?」
「はい、少しばかり合コ……」

わー、お姉ちゃん!と、美空が美月の口をふさぐ。

「ちょっと、外で食事をした帰りでございまして。ほほほ」

美月が横目でジロリと美空を見ると、美空は目で訴えて首を振った。

やれやれと美月はため息をつく。

「あの、雨宮さん。先日は雨の中を栞を届けてくださっただけでなく、美味しいカフェのテイクアウトメニューもご馳走になってしまい……」

え?と呟く光太郎に、優吾が咳払いでごまかした。

「どういたしまして。それはそうと、ここにはよく来るの?」
「はい、仕事終わりによく立ち寄ります」
「そうか。俺達も職場が近いから、ほぼ毎日来るんだ。またばったり会ったらよろしく」
「こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」

話を終えた優吾と美月を、光太郎と美空が「で?」と促す。

「なんだよ、で? って」
「だから、それだけ?」

光太郎の言葉に、美空も頷いた。

「お姉ちゃん、そのあとは?」
「なあに、そのあとって」
「だから、もう! なんか交換するものあるでしょ?」
「あ、プレゼント交換ね。先日いただいたお返しに……」
「違うから!」

美空は憤慨すると、光太郎に話しかける。

「すみません、姉の代わりに私の……」
「こちらこそ。優吾の代わりに俺の……」

二人でスマートフォンを取り出してなにやらコソコソと話すと、満足気に顔を上げた。

「じゃあ優吾、仕事に戻るか」
「そうだな」

立ち上がった二人に、美空が笑顔で手を振る。

「じゃあ、またー」

美月が「失礼します」とお辞儀をすると、優吾も「では、また」と短く答えて去って行った。
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