優しい雨が降る夜は
「はあ……。幸せが、ある日いきなりやって来て、気づけば私は、夢の世界に」

お茶を飲みながらうっとりと呟く美月に、優吾は苦笑いした。

「まだ言ってる。いつ戻って来るの?」
「願わくば 今宵ひと夜は 夢のまにまに」
「はいはい。じゃあ夢見心地で露天風呂入っておいで。俺は仕事を片付けてくる」

そう言うと、優吾はパソコンを手に隣の洋室に向かった。

「いいのかな、入っちゃうよ? 露天風呂」

浴衣を手に、美月はそっとドアをスライドしてウッドデッキに出る。

爽やかな初夏の風が心地良く、目を閉じて深呼吸した。

それだけで心がほぐれ、笑みがこぼれた。

髪を結ってゴムで留めると服を脱ぎ、かけ湯をしてからゆっくりと湯舟に浸かる。

「はあ、極楽……」

ため息と共に、美月は身体を伸ばして力を抜いた。

湯舟の縁に両腕を置いて顔を載せる。

キラキラと輝く湖の水面と、その奥に美しくそびえる富士山に、言葉もなく見とれた。

ここ最近の辛く悲しい気持ちが癒やされ、心も身体も温かくなる。

まるで別世界に来たように、時間の流れもゆったりと感じられた。

(いつもなら、バタバタと仕事に追われてる頃なのに。こんなところで寛いでていいのかな?)

館長や桑原のことを考えると気が引けるが、それでも今この瞬間が幸せでたまらない。

すると、ふいに涙が込み上げてきた。

(辛いことがあったけど、それ以上に皆さんの優しさが嬉しい。館長や桑原さん、そして誰よりも、雨宮さん)

どうすれば恩返しが出来るだろう?
元気になって、元の生活を取り戻せたら、必ずなにかお返しがしたい。

そう思いながら、美月はいつまでも景色に見とれ、幸せを噛みしめていた。
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