優しい雨が降る夜は
「二名様ですね、すぐにご体験いただけますよ。どうぞこちらへ」
「はい」
受付を済ませると、二人は職人のおじいさんのいるテーブルに案内された。
「ようこそ起こしくださった。早速ご説明しますね」
おじいさんは二人の前に、見本の箱を並べる。
「江戸時代の後期に誕生したと言われるこのからくり箱は、仕掛けを知る人しか開けることは出来ません。こんなふうに寄木細工が全面に施された箱の側面を、決められた順番通りにスライドさせていくことで箱が開くというからくりです。少ないもので4回のスライド、多いものでは300以上の工程通りにスライドさせなければ開けることが出来ません」
「300も? それはある意味、開かずの箱ですね。どんな鍵をかけるよりも頑丈そうです」
美月がそう言うと、おじいさんも笑顔で頷いた。
「そうですね。中には板をスライドさせるだけでなく、箱を振ったり傾けるといった重力を利用した特殊な仕掛けのものもあります。日本人だからこその技術と、昔の職人達の発想の豊かさには、驚かされるばかりです。ぜひこのからくり箱作りをご体験いただきたい」
「はい、よろしくお願いします」
美月だけでなく優吾も身を乗り出して、おじいさんから説明を受ける。
仕掛けのスライドの回数は、4回、7回、10回、12回の中から選べるとのことで、美月は7回、優吾は12回を選んだ。
「雨宮さん、こういうの得意そうですものね」
「ああ、すごく興味深い」
「ふふっ、楽しみですね」
まずはおじいさんの見本を参考に、6つの木の板を組み立てていく。
「この6枚の板は、前後左右や上下にスライドさせる為の「溝」や、動きを止める為の「突起」を0.1ミリ単位で加工してあります」
「そんなに細かく?」
「はい。木は生きていますので、湿気で膨らんだり乾燥で縮んだりしますから。今日のような雨模様の日は、湿気を吸って膨らみますので、少しゆるめに調整しておきました。どうですか? ちゃんと動きますか?」
6枚の板を組み合て終わると、実際にカチカチと動かしてみた。
「わあ、面白い」
嬉しくなって、美月は優吾に笑いかける。
「そうだな。木の温もりが手に心地いい」
おじいさんも目を細めてから、次の工程を説明した。
「では仕掛けの継ぎ目を隠すように、このズクと呼ばれる千代紙のような模様シートを貼っていきます。これは木を組み合わせて模様を作った種木を、カンナで薄く削ったもので、もちろん本物の寄木細工です」
「とっても薄いのですね」
「はい。厚みはわずか0.15ミリです。この薄さだからこそ、角を曲げても割れずに密着します。さあ、ではお好きな模様のズクを選んでください」
「まあ、なんて綺麗なの」
チェスボードのような市松模様。
六角形の星が繋がったような麻の葉模様。
穏やかな波が重なるような青海波
色んな模様がパッチワークのように交わる小寄木
天然の木が作り出す色合いと温かみ、そして職人の手によって生み出された美しい模様に、美月は感嘆のため息をつく。
「どれも素敵で選べないわ」
「でしたら、ズクを貼ってから乾くのを待つ間に、無垢材でコースター作りをやってみませんか? 実際に木を組み合わせて、ご自分で模様を作り出せます」
「そうなのですね、ぜひ!」
コースターを市松模様にすることにして、からくり箱の模様は美月は麻の葉、優吾は青海波を選んだ。
箱をぐるりと覆うようにズクを貼り付け、乾燥させる間に無垢材のコースター作りを体験する。
箱根の山の豊かな樹種を活かし、色味の違う無垢材を交互に並べて模様を作る工程は楽しく、美月も優吾も夢中になった。
「出来た! すごく綺麗」
濃淡のコントラストが美しい市松模様のコースターを、美月は目の高さに掲げて魅入る。
「では最後に、からくり箱の仕上げをしますよ。このままでは仕掛けの板が動かないので、断ち切りと言って、ズクに切り込みを入れていきます」
おじいさんは、木の板のわずかな隙間を指の感覚だけで探し当て、カッターでズクをスッと切り離していく。
「すごい、神業ですね」
美月がそっと優吾にささやくと、優吾も頷いた。
「そうだな。切り口が目立たないから、仕掛けがバレないんだ。継ぎ目も見えず、模様も美しいままだ」
表面にヤスリをかけてなめらかにし、ツヤ出しを終えると、いよいよ完成。
「世界で1つの宝箱ですね。嬉しい!」
満面の笑みを浮かべる美月に、優吾も優しく微笑んだ。
「はい」
受付を済ませると、二人は職人のおじいさんのいるテーブルに案内された。
「ようこそ起こしくださった。早速ご説明しますね」
おじいさんは二人の前に、見本の箱を並べる。
「江戸時代の後期に誕生したと言われるこのからくり箱は、仕掛けを知る人しか開けることは出来ません。こんなふうに寄木細工が全面に施された箱の側面を、決められた順番通りにスライドさせていくことで箱が開くというからくりです。少ないもので4回のスライド、多いものでは300以上の工程通りにスライドさせなければ開けることが出来ません」
「300も? それはある意味、開かずの箱ですね。どんな鍵をかけるよりも頑丈そうです」
美月がそう言うと、おじいさんも笑顔で頷いた。
「そうですね。中には板をスライドさせるだけでなく、箱を振ったり傾けるといった重力を利用した特殊な仕掛けのものもあります。日本人だからこその技術と、昔の職人達の発想の豊かさには、驚かされるばかりです。ぜひこのからくり箱作りをご体験いただきたい」
「はい、よろしくお願いします」
美月だけでなく優吾も身を乗り出して、おじいさんから説明を受ける。
仕掛けのスライドの回数は、4回、7回、10回、12回の中から選べるとのことで、美月は7回、優吾は12回を選んだ。
「雨宮さん、こういうの得意そうですものね」
「ああ、すごく興味深い」
「ふふっ、楽しみですね」
まずはおじいさんの見本を参考に、6つの木の板を組み立てていく。
「この6枚の板は、前後左右や上下にスライドさせる為の「溝」や、動きを止める為の「突起」を0.1ミリ単位で加工してあります」
「そんなに細かく?」
「はい。木は生きていますので、湿気で膨らんだり乾燥で縮んだりしますから。今日のような雨模様の日は、湿気を吸って膨らみますので、少しゆるめに調整しておきました。どうですか? ちゃんと動きますか?」
6枚の板を組み合て終わると、実際にカチカチと動かしてみた。
「わあ、面白い」
嬉しくなって、美月は優吾に笑いかける。
「そうだな。木の温もりが手に心地いい」
おじいさんも目を細めてから、次の工程を説明した。
「では仕掛けの継ぎ目を隠すように、このズクと呼ばれる千代紙のような模様シートを貼っていきます。これは木を組み合わせて模様を作った種木を、カンナで薄く削ったもので、もちろん本物の寄木細工です」
「とっても薄いのですね」
「はい。厚みはわずか0.15ミリです。この薄さだからこそ、角を曲げても割れずに密着します。さあ、ではお好きな模様のズクを選んでください」
「まあ、なんて綺麗なの」
チェスボードのような市松模様。
六角形の星が繋がったような麻の葉模様。
穏やかな波が重なるような青海波
色んな模様がパッチワークのように交わる小寄木
天然の木が作り出す色合いと温かみ、そして職人の手によって生み出された美しい模様に、美月は感嘆のため息をつく。
「どれも素敵で選べないわ」
「でしたら、ズクを貼ってから乾くのを待つ間に、無垢材でコースター作りをやってみませんか? 実際に木を組み合わせて、ご自分で模様を作り出せます」
「そうなのですね、ぜひ!」
コースターを市松模様にすることにして、からくり箱の模様は美月は麻の葉、優吾は青海波を選んだ。
箱をぐるりと覆うようにズクを貼り付け、乾燥させる間に無垢材のコースター作りを体験する。
箱根の山の豊かな樹種を活かし、色味の違う無垢材を交互に並べて模様を作る工程は楽しく、美月も優吾も夢中になった。
「出来た! すごく綺麗」
濃淡のコントラストが美しい市松模様のコースターを、美月は目の高さに掲げて魅入る。
「では最後に、からくり箱の仕上げをしますよ。このままでは仕掛けの板が動かないので、断ち切りと言って、ズクに切り込みを入れていきます」
おじいさんは、木の板のわずかな隙間を指の感覚だけで探し当て、カッターでズクをスッと切り離していく。
「すごい、神業ですね」
美月がそっと優吾にささやくと、優吾も頷いた。
「そうだな。切り口が目立たないから、仕掛けがバレないんだ。継ぎ目も見えず、模様も美しいままだ」
表面にヤスリをかけてなめらかにし、ツヤ出しを終えると、いよいよ完成。
「世界で1つの宝箱ですね。嬉しい!」
満面の笑みを浮かべる美月に、優吾も優しく微笑んだ。