夢幻の扉~field of dream~【本編1】

09.挨拶代わり

 一学期終業式の日、学校ではちょっとした騒ぎが起きていた。



 コンサートでの叶依のトリは大成功で、最後に〝CDを出す〟と言うと、先程よりも大きな拍手が出た。つまりはデビューを意味するので、特に同じ学校の生徒たちは大騒ぎだった。ちなみに先生たちにはあらかじめ伝え、芸能活動することに許可をもらってあった。
「叶依めっちゃ上手いよなぁ」
 クラブのメンバーとは別に用意されていた楽屋で、ビデオを観ていた夜宵が呟いた。ビデオには『フィールド』──NOBUHIROとサブタイトルをつけた曲──を演奏中の叶依が映っている。
「これさぁ、なぁ叶依、いつ作った?」
 同じくビデオを観ていた伸尋が聞いた。
「え? いつって?」
「昨日さぁ、もう曲は出来てるみたいに言ってたけど、歌詞書いたん昨日やろ。ボールとかコートとか出てきてるやん。ほら、今も、って──え? マジで?」
「バレたか。曲自体はずっと前からあってんけど、昨日、歌詞変えてん」
 もともと違う歌詞がついていたけれど、球技大会での伸尋を見て変更してしまった。叶依が一晩のうちに仕上げて覚えたことに、全員ただ驚くしかなかった。
「やっぱすごいわ。昨日作って今日やろ? 絶対――」
 コンコン――カチャ……
「ちょっと、お話し中で悪いんやけど」
 現れたのは、知原だった。
「叶依ちゃん、お客さんやけど。通していい?」
「誰?」
大川(おおかわ)さん。知ってるでしょ?」
「大川……? あ!」
「誰?」
「Zippin’のスカウト」
 大川(みどり)は叶依をデビューに導いた人だ。初めて声をかけられたとき、叶依はその気がなかったのですぐに断った。二回目に会った時も、三回目に会った時も、もちろん叶依はずっと断っていた。けれど、本当に断り続けて良いのか、少し迷っていた。叶依がZippin’ Soundsと契約することに決めたのは、デビューしなかったことで後悔しないためだ。
「今日はあなたにプレゼントがあるの」
 大川は叶依に一枚のCDを渡した。
「OCEAN TREEって知ってるでしょ?」
「はい……」
 知っているを通りこして、叶依はOCEAN TREEのファンだ。
「彼らもうちと契約してるんだけど、明日アルバム出すのね。それで……プレゼントしようってことになったの」
「OCEAN TREEがなんで私なんかに……?」
 OCEAN TREEは今春デビューしたギターデュオで、歌は入れずにギター演奏のみという珍しいユニットだった。それでも出す曲はすべてヒットして、テレビやラジオに連日引っ張りだこだった。その彼らが、だ。
 もちろん叶依は嬉しいけれど、接点がわからない。
「私ね、あなたと初めて会った日、確かアマチュアコンテストか何かで、それがラジオで生中継されてたのよ。で、彼らはそのラジオを聴いてたらしくて、私があなたに会ったって言ったら〝是非とも会いたい〟って言われて。今日は忙しくて来れなかったんだけど、CDだけでも渡しといてくれって言われたの」
 数日後、叶依はコンサートで演奏した二曲を含むアルバムを出した。もちろんそれは、挨拶代わりにOCEAN TREEにプレゼントされた。
 間もなく始まった、OCEAN TREEがパーソナリティを勤める全国ネットのラジオ番組で、まず彼らはそれをピックアップしてかけまくり、おかげで叶依のデビューアルバム『balloon』は何週間か連続で売上ランキング一位を取っていた。



 叶依がデビューしたことは学校中に知られていた。まずクラスメイトたちが今まで以上に叶依に興味をもち、他のクラスの生徒たちは叶依を見かけると立ち止まったり、わざわざ教室まで会いに来る生徒までいた。嬉しいけれど、話したこともない男子生徒からいきなり〝付き合って〟と言われるのは非常に迷惑だった。デビューを知らせるポスターは叶依が学校に渡したけれど、本音を言うと貼ってほしくはなかった。
「それでおまえ、もうあいつらに会ったん?」
 終業式の後の教室で史が聞いた。
「ううん。あっちもかなり忙しいみたいやから、まだ会われへんねんて。早く会いたいなぁ」
 OCEAN TREEと会える日を叶依はとても楽しみにしていた。彼らのことは最初ラジオで曲が流れているのを聞いて、まずその音に惹かれた。それからすぐにテレビで見て、格好良いなと思った。彼らの音楽に触れることが増え、自分でも調べているうちに、いつの間にかファンになっていた。会ったら何を話そうか、と毎日のように考えている。
 だから叶依は、伸尋との関係が変わってきていることには全く気付かなかった。彼は──叶依とはいつも通り話しているけれど──寂しそうにしていることが増えた。叶依の視界に入らないところで、いつもひとり溜め息をついていた。
「そういえば、伸尋、おまえ明日、バスケの試合やろ?」
 史はいつも、仲間の関係が悪くならないように気を遣ってくれている。
「ああ……昼からな」
 クラブではない、所属している地域のチームの試合が近くであるらしい。
「叶依、明日何かある?」
「明日? んーっと……多分空いてると思う」
 デビューはしたけれど、今のところ特に予定は入っていない。マネージャーからも何も連絡はないし、学校のクラブでも今のところ予定は何もない。
「じゃ、観に行こうや。海帆も、空いてるやろ?」
「うん。クラブは叶依と一緒やし。伸尋さぁ、球技大会のとき見ただけやけど、バスケすごいやん。明日も期待してるから!」
 海帆が言うと、伸尋は少しだけ笑顔になった。落ち込んでいるときでも、得意なことを褒められるのは誰だって嬉しいはずだ。
「史もすごかったよなぁ。二人で連携して、田礼もジャンプしながら拍手してたし」
「まあ、な……。いや、俺はええねん、専門ちゃうし。──おい、伸尋ー。頑張れよ。みんなで行くからな」
 史は伸尋に不思議な笑みを向けた。
「え? あぁ……」
 史の笑顔の意味を、もちろん叶依は理解できなかった。
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