【第1部完結】 エモパレ ―感情が見えるぽっちゃりな私が、オジさま副局長を無自覚なまま搦め捕るまで―
第6話 帰り道、まとわりつく視線
リゼラちゃんの農場からの帰り道。
あたしは、乗合馬車広場へと続く西街の中通りをとぼとぼと歩いていた。
……お昼も食べずに。
目的のあった往路と違い、帰るだけの復路は、無為に無駄に無用な事を考えてしまう。
別れ際のリゼラちゃんの言葉と感情がどうにも気になって、悶々と、良くない思考ループに入っていた。
……うーん、あやしい人か~。
人ってなんだろう? 誰だろう?
リゼラちゃんの農場を観察する人……普通に考えたらお客さんとか?
でもわざわざ農場まで行って見るだけで帰るってのは、ね。
例えばあたしが適当に言った、美人のリゼラちゃんのファンってのも全くあり得ない話じゃないけどさ……
答えの無い問答を、仮説を立てては否定する。
感情色が視えるせいか、こういう事をぐるぐると考え込んでしまいがちだ。
それは、お客さんと話す時も、お仕事の時に損得を考える時も、もちろん感情色を考える時も。
でも今は、それが仇になって、負の思考連鎖が始まりかけていた。
……う~ん、ノクセラ草を見ていたとか?
でもノクセラ草なんて取り分け珍しいものでもないし、効能だって安眠作用が強いくらいで。
サフラン香房でもお爺さま、お婆さまに地味人気だった「トロールもすやすや眠る黄金ティー」。
どう煮込んでも苦いだけのノクセラ草は、カモミールと相性が良かった。
ウケるように名前も弄って、最近やっと売れるようになったくらいで。
錬金素材としても、それほど使えるモノでも無くて……
「う~ん……まぁ、いっか!」
……と、あえて振り切って言葉に出して、表情までも作ってみる。
しかし、すぐにまた気になって、ぐるぐる思考のループに入る。
「う~、くそ~、リゼラちゃんめ。 変な事言ってくれちゃってさ……」
独り言が多くなってきたのを自覚し、数回目の思考のループに入ろうとした、まさにその時。
……ちょうど、真後ろ。
――まるで、背中を舐めつけられるような……ねっとりとした、温度。
「ひくっ!」
ゾゾゾと背筋が粟立って、考え込んでいた思考が、一瞬で弾けた。
それくらい、衝撃的な感情温度。
「だ、誰さっ!?」
振り向いてはみたものの、みるみるうちに心が恐怖に染まっていく。
牽制に出した声も、すでに震えていた。
一人で思索に耽っていたのも良くなかった。
やっぱり一人は苦手だ。
……じっと観察してみる。
人通りは多くはないけど、ぽつぽつとはいる。
ここは西街の、大通りに続く中通り。
幹線になる大通りほどじゃないけど、それでも少なくない人が、忙しそうな歩みを見せていた。
でも……
こちらを観察するような視線の持ち主は、まるで見当たらなかった。
感情色の魔眼は、感情の色を映し出す魔眼。
そして、それに加えて、相手の感情を温度として感じ取る事も出来る。
ただ、感情温度は、あまりに強い感情だとお構いなしに勝手に伝わってくる事がある。
……ちょうど、今みたいに。
恐ろしく強い……まるで蛇のような……
「獲物は逃がさない」って声が聞こえてくるような……
生まれて初めて感じる、奇妙な感情温度だった。
背中を急に舐められたのかと思ったよ。
……背中なんか舐められた事ないけれども。
でも、まだその辺にいるハズ!
絶対見つけてやる!
「うりゃっ、エモパレ全開!」
意識的にエモパレの感度を上げる。
瞳に魔力が集中し、仄かに温かくなる。
遠くに見える人物の感情色すら浮かび上がってくる。
通常じゃ視認しづらい人影も、感度を上げれば感情色は浮かび上がる。
感情を消せる人間はいない。
どの色も薄い。 ……そりゃそうだ。
ただ歩いてるだけで激情を抱いてるなんて、結構な異常者さんだ。
――ちょっと薄いけど、アレは希望のインディゴブルーかな?
新しい商談の話でもするのかしらね?
――おぉっと、疚しさのスミレ色を発見。
でもあたしに向いたモノじゃない。
見えるとしたら定番の「悪意の黒灰色」みたいな色のはず。
あるいは……
もう一度、さっき背中で受けた温度を考えてみる。
……あれ? 改めて考えてみると、悪意じゃないかも?
どっちかというと……
シャリエナに鼻の下を伸ばしてる若い男性客とか……
あたしの胸にだけ視線を向けるセクハラオヤジの感情温度に似ている……
ような気がする。
初めての感覚だったから詳しくは分からない。
でも……
エモパレ全開モードでも、それっぽい人物を見つけることができなかった。
もう隠れちゃったのか、すでに去っていったのか。
――姿が直接見えない事。
――リゼラちゃんにちょっとムカついてた事。
――初めて受ける感情温度に、好奇心が疼いた事。
あたしは、正直この時……調子に乗ってたんだと思う。
ふと往来を見ると、人が来なさそうな裏路地に通じそうな道が一つ、目に入った。
そうだ! あそこで待ち構えれば、姿を隠すことも出来ないはず。
もしもあたし自身が目的なら、人が来ない道へ行けば付いてくるはずだぞ!
あたしは、「さあ、来い!」とばかりに意気揚々と裏路地に入った。
この時は、気概と闘争心ばかりが先走って……
「身の安全」なんて……
これっぽっちも考えなかった。
―――――――
陽が差さない裏路地は、勢いだけの行動を維持するには、暗く、そして静かすぎた。
そして、もう、元の大通りに戻るには、路地の奥へと進み過ぎていた。
最初は仁王立ちで待ち構えていた。
ターゲットからあまりに丸見えだとすぐに気づいて、今は、路肩に放置された大きな樽の裏に、じっと身を潜めている。
そう。
あたしは、じっと、身を潜めてしまった。
――人間、行動を継続している間は余計な思考を挟まない。
――行動を止めている時に思考は回る。
このまま待っていれば、姿を現すハズ……
絶対に見つけてやるんだ!
それで……
それで…………?
見つけて…………どうするのさ?
問い質す?
えっ? あんな、まとわりつく視線を向けてくるヤツに?
相手が、もし、凶悪なヤツだったら……?
…………あっ。
瞬間、顔から血の気が引いた。
……自分自身の、あまりのうかつさに。
そうだ……
自衛手段が、無い……!
やばいやばいやばい!
人の多い所に戻らなきゃ!
あたしは、隠れている樽の裏から通りの方へと目を向ける。
……誰もいない。
そのまま走り抜けちゃえばいいものの、ずぅっと押し隠していた恐怖が一言囁いた。
「もし、鉢合わせたら……?」
呟いてしまったその一言で、足は竦んで全く動けなくなった。
力も入らなくなって、浮かせた腰も沈み込んだ。
ああ、ダメだ……!
鉢合わせるリスクが高すぎる!
自慢じゃないけど、あたしは動きは機敏な方じゃないし!
でも、まだ、大丈夫……!
向こうからは見えないハズ!
とりあえずじっと身を潜めて、それで……
言い訳を重ねる思考の連鎖が始まり、ジワジワジワジワとある感情が浮かび上がってくる。
手の震えとともに……恐怖の感情が。
「……武器!」
いつも持ち歩いてるペッパーボムはある!
シャリエナと一緒に対策して作った香房武器……
いざとなったらコレをぶつけて……
……あ~、ダメだ!
外したらどうするのさ!
一個しか無いのよ!
腕でも掴まれたら終わりだよ!
さっきの視線を思い出す。
今考えてみれば「逃がさない」と、そんな風にも感じ取れた。
もし、そんなヤツに捕まったら……
「うっ…………ぐすっ……ど、どうしたら……?」
息が詰まり、呼吸も乱れ、ついには涙が滲んだ。
時刻は、昼過ぎ。
まだまだ晴れ空が広がる時間帯。
でも、裏路地の陽の当たらない暗さと静けさからは、
どんどんどんどん恐怖が滲み出てきて……
それに引きずられて、
考える方向は、ぐるぐるぐるぐると、不安の回廊へと導かれていく。
なによりあたしは……
一人が、孤独が……どうしようもなく、無理だった。