記憶の欠片
 最近、慧の様子がずっとおかしいのを、僕は気にしていた。

 だから、自然に声をかけた。


「こうやって会うのも久しぶりだしさ……なんか悩みでもあったら聞くよ」


 僕の声に、慧は一瞬目を伏せて、でも小さな吐息を漏らすように呟いた。


「……好きな人がいるんだ。諦めたいのに、諦められない。俺が気持ちを伝える資格なんてないのに、気持ちばかりが膨らんでいくんだ」


 その言葉を聞いて、僕は少し言葉に詰まった。

 慧がこんなにも苦しんでいたなんて、知らなかった。

 彼の胸の中に渦巻く感情が、ほんの一瞬だけでも見えた気がした。


「……そっか」


 僕は肩に軽く手を置く。

 力づくではなく、ただ寄り添うように

 僕は慧に言った。


「でも、言わないと関係は変わらないよ。一歩も進めない。結局さ……慧はその子のこと、どう思ってんの?」


 慧はその質問にハッとした顔で僕を見た。

 少し目が泳いで、言葉を探すように口を開ける。


「……好きなんでしょ?」


 僕が少し身を乗り出すと、慧は覚悟を決めたように、こくりと頷いた。

 その一瞬、静かな境内の空気の中で、慧の中にある強い気持ちがひしひしと伝わってきた。


「なら、言わないと」


 慧の声は少し震えていた。


「…でも俺、拒絶されたんだ」


 その言葉に、僕は思わず問いかける。


「その子に、嫌いだって言われたの?」


 慧は少し俯き、口を開く。


「いや、そういう訳じゃ…」


 僕は静かに言った。


「その子の気持ちは、その子にしか分からないんだから。だから、伝えてみなよ」


 二人でおみくじを引く。

 紙を開くと、慧のものには大吉と書かれていた。

 小さな紙切れに書かれた言葉。

 それと、僕の言葉が、慧の背中をそっと押す。


「俺…もう一度伝えてみるよ」


 その決意に、雪舞う境内の空気が少しだけ柔らかくなったように感じた。
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