記憶の欠片
 献くんが教室を出ていったあと、私はノートを机に出そうとして――ふと、背中に刺さるような感覚を覚えた。

……見られてる?

 理由もなく、そんな気がした。

 そっと視線を巡らせると、少し離れた席から、まっすぐこちらを睨んでいる女の子がいた。

 同じクラスの、日菜咲沙彩(ひなさきさあや)ちゃん。

 明るい茶髪は緩く巻かれたツインテールで、その動きに合わせてふわふわと揺れている。

 ぱっと見は可愛らしくて、愛嬌のある顔立ち。

 ——なのに。

 今の彼女は、はっきりと私を睨んでいた。

 思わず息を呑む。

 胸の奥が、きゅっと縮まった。

 ……私、何かした?

 献くんと話したこと?

 でも、挨拶しただけだ。

 心当たりが何もなくて、困惑するばかりで、どうしていいか分からず視線を逸らした、そのとき。


「ねえねえ、それでさ——」


 楽しそうな声が聞こえて、顔を上げる。

 日菜咲さんは、もうこちらを見ていなかった。

 何事もなかったかのように、友達のほうへ体を向け、楽しそうに会話を続けている。

 さっきまでの鋭い視線が、嘘みたいに。

 私はしばらく、ペンを持ったまま動けずにいた。

 教室の空気はいつも通りなのに、私だけが、何か見えない線を踏んでしまったような感覚。

 理由の分からない違和感だけが胸の奥に、静かに残っていた。

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