記憶の欠片
 この時、俺は決めたんだ。

 好きだという気持ちを、全部胸の奥に封じ込めるって。

 愛梨を守るために。

 俺は、愛梨から離れる。

 震える手で、俺はポケットからさっき書いた手紙を取り出した。

 雨で少し湿った封筒。

 インクが滲まないように、手のひらでそっと庇う。
 一度、目を閉じる。

 そして、裏側に震える字で書き加えた。

——約束、守れなくてごめん。

 愛梨を幸せにする。

 そう書いたばかりなのに。

 俺は今、隣に立つ覚悟から逃げようとしている。

 橋の下に転がっていた、古びた鉄の箱。

 錆び付いて、角が丸くなっていて、何年もここに放置されていたことが分かる。

 その中に、俺が書いた手紙。

 お揃いの、小さな星屑入りのキーホルダー。

 そして――下駄箱に入っていた、愛梨の手紙。

 全部、閉じ込めた。

 ぎい、と鈍い音を立てて蓋を閉める。

 まるで、自分の気持ちを埋葬するみたいだった。

 そのあと、震える指でスマホを操作する。


「……救急です」


 自分の声が、やけに冷静で、他人事みたいに聞こえた。

 救急車のサイレンが近づく音。

 赤い光が橋の下を照らす。

 担架に乗せられる愛梨。

 離れたくなかったけど、俺は一歩下がった。

 俺がそばにいると、また追い詰めるかもしれないから。

 救急車に同乗して、病院へ向かう。

 車内の消毒液の匂いが鼻を刺す。

 モニターの電子音が、規則正しく鳴っている。

 生きてる。

 それだけで、泣きそうになる。

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