記憶の欠片
第五章【満月は一等星を探す】

運命は悪戯をする

 あれから私は慧くんのことを避け続けて、気づけば春。

 冷たかった空気はやわらぎ、校庭の端に植えられた桜が、いつの間にか薄桃色に染まっていた。

 卒業と進級の境目、何かが終わって、何かが始まる季節。

 世界だけが、私を置いて前に進んでいくみたいだった。

 廊下で足音が重なるたび、胸がひゅっと縮む。

 その声じゃないと分かっていても、反射的に俯いてしまう。

 彼の姿を見かけないように、遠回りをして、時間をずらして、視線を逃がして。

 そんな小さな回避を積み重ねるうちに、それが「日常」になっていた。

 春の風は優しいはずなのに、どこか残酷だ。

 涼しい風はあの頃の記憶を揺さぶる。

 一緒に笑った放課後も、雪の夜も、伝えられなかった言葉も。

 それでも、桜は咲く。

 知らないふりをして、当たり前みたいに満開になる。

 私は立ち止まったまま、花びらが散るのを見ていた。

 前に進む勇気も、振り返る覚悟も持てないまま。

 ただ、心の奥でひとつだけ分かっていた。

——避けている限り、何も終わらないし、何も始まらない。

 春は、もうそこまで来ていた。

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