記憶の欠片

砂糖多めのカフェラテ

 教室に入ると、まだ少しだけ朝の冷たい空気が残っていた。

 窓際から差し込む光が机の角を白く縁取って、始まりの日を静かに告げている。


「黒瀬」


 先に気づいたのは三湊くんだった。


「同じクラスだな。よかった」


「ほんとだね」


 そう返すと、隣で献くんも笑う。


「今年もよろしく。なんか安心するわ」


 三人で何気ない言葉を交わしていると、背後から足音が近づいてきた。

 分からないはずがない、その気配。


「愛梨」


 名前を呼ばれた瞬間、心臓が跳ねる。

 反射的に視線を逸らしてしまった。

 見てしまったら、全部崩れてしまいそうで。


「同じクラスになれて嬉しい」


 慧くんは、ためらいもなく距離を詰めてくる。


「毎日一緒にいれるなんて、夢みたいだ」


 ——どうして、そんなことを言うの。

 戸惑いで言葉を失う私をよそに、慧くんはまっすぐだった。

 昔と同じ、いや、それ以上に。

 振ったのは、慧くんだ。

 区切りをつけたいって言ったのも、慧くんだった。

 なのに、どうして今さら。

 どうしてそんな優しい顔で、そんな近い距離で。


「……慧くん」


 声を出そうとして、うまく音にならない。

 私も、おかしい。

 諦めるって決めたはずなのに。

 もう困らせないって、胸に誓ったはずなのに。

 それなのに、この高鳴り。

 名前を呼ばれただけで、こんなにも乱れる心。

 ダメだ。

 流されちゃ、ダメ。

 そう何度も自分に言い聞かせるのに、慧くんの視線が、声が、存在そのものが、私の決意を揺らしてくる。

 春の始まりの教室で、私はまた選択を迫られている気がしていた。

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