記憶の欠片
 それからというもの、慧くんは毎日のように私に話しかけてきた。

 朝の「おはよ、愛梨」から始まって、授業の合間の何気ない一言、放課後の委員会の確認まで。

 避けようと思えば避けられたはずなのに、慧くんは不思議と私のすぐそばに現れた。

 最初のうちは、意識して距離を取っていた。

 返事も短く、目も合わせないようにしていた。

 それでも慧くんは、困ったように笑うだけで、決して強く踏み込んではこなかった。


「無理して話さなくていいからさ」


 そう言われるたび、胸がきゅっと締めつけられる。

 生活委員の仕事で並んで歩く帰り道。

 提出物を確認しながら、慧くんは何気ない調子で話す。


「愛梨、字きれいだよな」


「……急に何?」


「前から思ってた」


 そんな一言で、心が簡単に揺れてしまう自分が嫌だった。

 諦めなきゃいけない。

 もう、困らせないって決めた。

 頭では分かっているのに、慧くんが名前を呼ぶ声を聞くだけで、その決意は脆く崩れていく。


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