記憶の欠片
 それから数時間、黙々と問題を解き続けて、ふと顔を上げると窓の外はすっかり暗くなっていた。

 時計を見ると、思っていたより時間が経っている。


「……疲れたーーー」


 明日香ちゃんが机に突っ伏すのと同時に、それな、と献くんも大きく息を吐いた。

 集中していた分、どっと疲れが押し寄せてきた感じだった。


「ちょっと休憩しよっか」


 献くんの一言で、ペンを置く音が重なる。

 私は立ち上がって言った。


「私、コンビニでお菓子とか買ってくるよ。飲み物も少なくなってきたし」


 そう言った瞬間、慧くんが顔を上げる。


「ひとりだと危ないし、俺も着いていく」


 あまりにも自然な口調で言われて、胸がきゅっと鳴った。

 断る理由なんて、見つからない。


「……うん、ありがとう」


 献くんが少しだけ意外そうな顔で二人を見るけど、何も言わない。

 明日香ちゃんはというと、にやにやしながら小声でいってらっしゃーい、なんて言ってくるから私は慌てて視線を逸らした。

 玄関で靴を履くと、外の空気はひんやりとしていて、昼間の名残はもうなかった。

 街灯の光がアスファルトに落ちて、影が細く伸びる。


「寒くない?」


 慧くんが横を歩きながら聞いてくる。


「大丈夫」


 並んで歩くこの距離が、近くて、遠い。

 何気ないはずの帰り道が、どうしようもなく特別に感じてしまう。

 ダメだ、期待しちゃ。

 そう思うのに、心臓は素直じゃない。

 コンビニの白い光が見えてくる。

 私は無意識に、慧くんの歩調に合わせていた。

 ——この時間が、ずっと続けばいいのに。

 そんな矛盾した願いを、胸の奥に隠しながら。

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