記憶の欠片
 それから私たちは甘いお菓子、スナック、飲み物を買って、店を出た。

 コンビニの袋を片手に、私は来た道を引き返そうとした、その時だった。


「愛梨」


 呼び止められて、振り返る。

 慧くんは少しだけ言いづらそうに視線を逸らしてから、ぽつりと言った。


「……もうちょっと、二人でいたい」


 胸が、音を立てて跳ねた。

 理由も、行き先も告げないその言葉が、ずるいと思う。

 でも——拒めなかった。


「……うん」


 それだけで、十分だったみたいで。

 慧くんは小さく息を吐いて、歩き出す。

 向かったのは、すぐ近くの公園。

 昼間は子どもたちの声で賑やかな場所も、今はしんと静まり返っている。

 ブランコも滑り台も、闇の中に溶け込んでいて、ただ街灯だけがぽつんと灯っていた。

 ベンチに並んで座る。

 冷たい木の感触が、制服越しに伝わってくる。

 周りはすっかり暗くて、街灯のオレンジ色の光が、慧くんの横顔を照らしていた。

 影が強く落ちて、睫毛の影が頬に揺れる。

 何か話さなきゃ、と思うのに、言葉は出てこない。

 沈黙が、嫌じゃない。

 むしろ、壊したくなかった。

 ふと空を見上げると、星がいくつか瞬いていた。

 都会の空にしては、意外なほど綺麗で。


「……星、見えるね」


「ほんとだ」


 慧くんも同じように空を見上げた。

 それきり、また静かになる。

 肩が触れそうで、触れなくて。

 その微妙な距離が、息苦しいほど愛おしい。

 ——諦めるって、決めたはずなのに。

 ——もう困らせないって、決めたのに。

 隣にいるだけで、全部が揺らいでしまう。

 慧くんの横顔を、盗み見る。

 街灯に照らされたその表情は、どこか寂しそうで、でも穏やかで。

 一年前より、少し大人びて見えた。

 私たちは言葉を交わさないまま、ただ並んで座り続ける。

 星が流れるわけでも、奇跡が起こるわけでもない。

 それでも、この時間が終わってほしくないと、強く思ってしまう自分がいた。


「なあ、愛梨」


 静かな声で、慧くんが話しかけてきた。

 星を見上げたまま、少し懐かしむように。


「中学の時もさ、二人でよく勉強会してたの、覚えてる?」


 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がきゅっと締めつけられた。

 ……——覚えてる。

 頭の中で、ふっと景色が切り替わり、記憶がフラッシュバックした。
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