記憶の欠片
いつも通り彼の家に通う日々が続いていたある日。
私が消しゴムを取ろうとした、その瞬間。
同時に、慧くんの手も伸びてきた。
「私が先に使うの!」
「いや、俺の方が先だっただろ」
子どもみたいな言い合いをしながら、慧くんは消しゴムを少し高く掲げる。
それに届かせようと背伸びをした、その拍子だった。
足元がぐらりと揺れて、次の瞬間、私は慧くんの方へ倒れ込んでいた。
静かな部屋。
教科書がずれて、ペンが転がる音だけがやけに大きく響く。
気づけば、床の上で慧くんに支えられていた。
腕の中にいる、という事実に、頭が真っ白になる。
近すぎる距離。
息遣いまで分かってしまいそうで、動くことができなかった。
慧くんはゆっくりと私を起こして、きちんと座らせる。
そのまま、何か言いたげにこちらを見つめてくる。
しばらく、時が止まったみたいだった。
顔が、近づく。
——あ、だめだ。
そう思ったのに、体は固まったままで、何もできなかった。
でも、慧くんは、ぎりぎりのところで動きを止めた。
ほんの一瞬、迷うような間があってそして、すっと距離を取る。
しばらく、触れることなく離れた彼の唇を見つめる。
…嫌じゃなかった。
慧くんとなら、そういう事もしてみたかった。
「……ごめん」
小さくそう言って、目を逸らす慧くん。
私は何も言えず、ただ胸の鼓動を必死に抑えていた。
あの時の沈黙は、ふざけ合っていた空気とはまるで違っていて。
——越えてはいけない線を、お互い、分かってしまった瞬間だった。
私が消しゴムを取ろうとした、その瞬間。
同時に、慧くんの手も伸びてきた。
「私が先に使うの!」
「いや、俺の方が先だっただろ」
子どもみたいな言い合いをしながら、慧くんは消しゴムを少し高く掲げる。
それに届かせようと背伸びをした、その拍子だった。
足元がぐらりと揺れて、次の瞬間、私は慧くんの方へ倒れ込んでいた。
静かな部屋。
教科書がずれて、ペンが転がる音だけがやけに大きく響く。
気づけば、床の上で慧くんに支えられていた。
腕の中にいる、という事実に、頭が真っ白になる。
近すぎる距離。
息遣いまで分かってしまいそうで、動くことができなかった。
慧くんはゆっくりと私を起こして、きちんと座らせる。
そのまま、何か言いたげにこちらを見つめてくる。
しばらく、時が止まったみたいだった。
顔が、近づく。
——あ、だめだ。
そう思ったのに、体は固まったままで、何もできなかった。
でも、慧くんは、ぎりぎりのところで動きを止めた。
ほんの一瞬、迷うような間があってそして、すっと距離を取る。
しばらく、触れることなく離れた彼の唇を見つめる。
…嫌じゃなかった。
慧くんとなら、そういう事もしてみたかった。
「……ごめん」
小さくそう言って、目を逸らす慧くん。
私は何も言えず、ただ胸の鼓動を必死に抑えていた。
あの時の沈黙は、ふざけ合っていた空気とはまるで違っていて。
——越えてはいけない線を、お互い、分かってしまった瞬間だった。