記憶の欠片

恋慕は宝箱に眠る 三湊side

 もうすぐ花火が始まる。

 浴衣姿の黒瀬を横に歩かせながら、俺はそっと声をかけた。


「黒瀬、こっち来て。ちょっといい場所知ってるんだ」


 彼女は少し驚いた顔で振り向く。


「穴場?」


「そう、人混みの中じゃせっかくの花火も見にくいだろ。ここならゆっくり見れる」


 周りの屋台や人混みを避けながら、細い路地を抜けていく。

 歩くたびに下駄の音がカランと響き、夜風が浴衣の裾を揺らす。

 黒瀬の頬が、少し赤く染まっているのが目に入る。

 「ここだ」と声をかけると、少し開けた小高い場所に出た。

 見上げると夜空は深い藍色に染まり、まもなく打ち上げられる花火の光を待っているようだった。

 周囲にはほとんど人がおらず、まさに二人だけの特等席。

 俺は少し照れくさそうに黒瀬の肩越しに花火の方向を指差す。


「ほら、ここからなら全部見える」


 彼女は小さくうなずき、俺を見上げた。

 その瞳に映る期待と楽しみの光に、自然と俺の心も弾む。


「ありがとう、三湊くん…」


 彼女の小さな声に、胸がぎゅっとなる。

 まだ始まらない花火の夜に、二人の距離が少しだけ縮まった気がした。

 冬の夜風が頬を撫で、花火の匂いと屋台の香りが混ざる空気の中、俺は胸がギュッと締めつけられるのを感じる。

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