記憶の欠片
 やがて夜空が一瞬暗くなり、第一発目の花火が打ち上がる。

 ドーンと大きな音と共に、赤や青、金色の光が空に広がる。

 黒瀬の横顔をちらりと見た。

 大きな瞳に花火の光が反射して、まるで星空そのものが映り込んでいるみたいだった。

 ——好きだ。

 心の奥でそう思う。

 けれど、この気持ちは口にできない。

 言ったら、黒瀬を困らせてしまう。

 今の黒瀬は、慧の隣で幸せであって欲しい。

 俺の想いでその時間を曇らせたくない。

 だから、ただ隣で同じ花火を見つめることにした。

 手を握り返してくれるその小さな温もりだけで、十分だと思えた。

 けれど、その幸せを味わいながらも、心のどこかで「これだけじゃ足りない」と思う自分に気づく。

 黒瀬の温もりを感じるだけで胸がいっぱいなのに、それでももっと近くにいたい、もっと長く一緒にいたいという気持ちが膨らんでしまう。

 情けなく、どうしようもなく、でも抗えない感情に、自分自身を少し責めたくなる。

 気づけば、無意識のうちに愛梨を抱きしめていた。

 顔は見えない。

 けれど、彼女の身体の微かな緊張や戸惑いが伝わってくる。

 それに気づき、すぐにそっと離し、少し息を整えながら言った。


「ごめん、急に……」


 後ろ姿を見つめる黒瀬は、少し驚いたような、不思議そうな顔をしている。

 でもすぐに、静かに「大丈夫」と答えてくれた。

 その声に少し救われながらも、俺は心の中でしっかりと決める。

 これで、自分の中で一区切りをつけよう。

 黒瀬に対する気持ちは変わらないけれど、もう彼女を困らせない。

 心の底から、慧と黒瀬のことを応援しよう。

 黒瀬が笑うその時間を守るために、俺は自分の想いを胸にしまい、ただ隣で見守る——そう誓った。

 花火の光が二人を照らし続ける中、夜風が静かに頬を撫でる。

 手を握り返してくれるその小さな温もりだけで、今は十分だと思える。

 特別で穏やかな、この瞬間を、俺は心の奥に深く刻んだ。
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