記憶の欠片
次の瞬間、私は走っていた。
理由なんてなかった。
ただ、そこにいられなかった。
雨が、顔に叩きつける。
涙なのか、雨なのか、分からない。
視界が滲んで、足元が見えなくて。
「……やだ……」
声にならない声が、喉から漏れる。
頭の中が、ぐちゃぐちゃだ。
考えたら壊れる気がして。
止まったら、全部終わる気がして。
私は、ただ走った。
視界が揺れる。涙が滲む。
夢中で走っていたら、石に躓いて転んでしまった。
膝が、じん、と熱くなる。
痛い。
でも、それすら、どうでもよかった。
世界に、私ひとりだけが残されたみたいで。
誰も助けてくれなくて。
誰も、答えてくれなくて。
立ち上がって、また走って。
そのときだった。
誰かに、ぶつかった。
身体が後ろに倒れて手をついた瞬間、ひりっとした痛みが走る。
手のひらが、じんじんする。
でも、それより。
「……ごめんなさい……」
声が震える。
「わ、私……行かなきゃ……」
逃げなきゃ。
ここにいたら、全部、現実になってしまう。
「おい、大丈夫なのか……?」
男の子の声。
優しそうで、でも、今の私には遠すぎて。
振り向けない。
ただ、足元に落ちている鞄が目に入る。
塾の鞄だろうか。
名前が、書いてある。
——風早 三湊。