記憶の欠片

 図書室には、私ひとりしかいなかった。

 ページをめくる音すらなく、聞こえるのは、窓の外を抜けていく風の音だけ。

 カーテンが、かすかに揺れる。

 その動きに引き寄せられるように私はふと、図書室に付いている小さなバルコニーへと目を向けた。

 ——人影だ。

 思わず、息を止める。

 そこにいたのは、月城くんだった。

 窓越しに差し込む光の中で、彼の輪郭だけが、はっきりと浮かび上がっている。

 彼は私に気づくと、カーテン越しに、ちらりとこちらを見た。

 一瞬だけ、目が合う。

 次の瞬間、彼は何事もなかったかのように視線を逸らし——そっと、手を招いた。

 言葉はない。

 音もない。

 ただ、その仕草だけが、静かな図書室に、はっきりと存在していた。

 胸の奥が、理由もなくざわつく。

 ……どうして?

 分からないのに、足が自然とそちらへ向かおうとしている。

 風が、もう一度、カーテンを揺らした。

 まるで、この先へ来い、と促すみたいに。
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