記憶の欠片
ひたすら走っていると、廊下の突き当たりが見えてきた。
東からの光が差し込み、白く淡く輝いている場所。
そこから突然人が姿を表し、影を作った。
その人物は私の方を見る。
逆光で顔がよく見えないけれどその人は驚きの表情を浮かべている。
「おっと、君は…新入生かな。クラスは分かるかい?」
コントラストに慣れてくると、だんだん目の前の人物の姿がよく見えてきた。
シワのひとつもないスーツを身にまとった若い男性だった。
「い…一組です」
私の言葉に、彼は目を丸くする。
「お、丁度いい。俺が一組の担任なんだ、案内するよ。クラスまで一緒に行こうか」
そう言うと先生はネクタイをキュッと締め直し、歩き出した。
静かな廊下を暫く歩き、突き当たりを右へ曲がり、階段を上る。
ステンドグラスが色鮮やかに光っていて、まるで輝く絵の具を散りばめた様に踊り場を照らしている。
「君、名前は?」
「黒瀬愛梨です」
黒瀬…先生はそう呟きながら顎に手を添える。数秒の間の後で先生は口を開いた。
「あぁ、思い出した。中学で入院してた子だろう? 追試験に間に合って良かったよ、試験合格おめでとう。…まだ退院して間もないだろ、体に不調はあるか?」
先生は心配そうに私の顔を覗き込む。
「いえ、でも私まだ記憶が曖昧で」
「大体の状態はこちらも把握してるよ、黒瀬さんが安全に生活できるように先生が、全力でサポートするからね」
先生はそう言うと、くしゃっと笑った。
未だあどけなさが抜けきっていない少年のような笑みだった。
「…よし、ここが一組だよ、中に入ってごらん」
少しの緊張とワクワクが私の手を止めた。
心臓がドクドクと跳ねている。
「…ふぅ…」
緊張をほぐすために、深く深呼吸をする。
よし、入ってみよう。
スーッと扉を開けたその瞬間。
ざわり、と空気が動いた。
教室中の視線が、一斉にこちらへ向く。
話し声が止まり、椅子の軋む音すら遠く感じる。
「あのこ、かわいい…」
「モデルとかやってんのかな?」
数十人分の目。好奇心、探るような視線、なんとなくの無関心。
全部が混ざって、肌に突き刺さる。
足先が少し冷たくなって、背中をまっすぐに保つだけで精一杯だった。
みんな小声で話しているせいで、私の耳には何も届かない。
私だけ違う世界にいるみたいでなんだか居た堪れない。
堂々と扉の目の前に立っているのも目立つし、早く自分の席に座りたい。
あれ、でも私の席ってどこだろう。
行く先も分からず、少し身を縮めていると、後ろから先生が声をかけてくれた。
「黒瀬の席は…あぁ二列目の一番後ろだな」
先生、いいタイミング!
その救済の言葉を聞いた私は急いで自分の席へと向かう。
教室のカーテンが靡き、皆の髪を揺らした。春の風が私の背中を後押しする。
気づけば周りからの視線は既に無くなっていて、みんなそれぞれの会話を楽しんでいた。
ただ一人を除き。
「なにあいつ、このままじゃ取られちゃう。私の献くんが…」
とある女の子がそう呟いていた事に私は気づかなかった。
東からの光が差し込み、白く淡く輝いている場所。
そこから突然人が姿を表し、影を作った。
その人物は私の方を見る。
逆光で顔がよく見えないけれどその人は驚きの表情を浮かべている。
「おっと、君は…新入生かな。クラスは分かるかい?」
コントラストに慣れてくると、だんだん目の前の人物の姿がよく見えてきた。
シワのひとつもないスーツを身にまとった若い男性だった。
「い…一組です」
私の言葉に、彼は目を丸くする。
「お、丁度いい。俺が一組の担任なんだ、案内するよ。クラスまで一緒に行こうか」
そう言うと先生はネクタイをキュッと締め直し、歩き出した。
静かな廊下を暫く歩き、突き当たりを右へ曲がり、階段を上る。
ステンドグラスが色鮮やかに光っていて、まるで輝く絵の具を散りばめた様に踊り場を照らしている。
「君、名前は?」
「黒瀬愛梨です」
黒瀬…先生はそう呟きながら顎に手を添える。数秒の間の後で先生は口を開いた。
「あぁ、思い出した。中学で入院してた子だろう? 追試験に間に合って良かったよ、試験合格おめでとう。…まだ退院して間もないだろ、体に不調はあるか?」
先生は心配そうに私の顔を覗き込む。
「いえ、でも私まだ記憶が曖昧で」
「大体の状態はこちらも把握してるよ、黒瀬さんが安全に生活できるように先生が、全力でサポートするからね」
先生はそう言うと、くしゃっと笑った。
未だあどけなさが抜けきっていない少年のような笑みだった。
「…よし、ここが一組だよ、中に入ってごらん」
少しの緊張とワクワクが私の手を止めた。
心臓がドクドクと跳ねている。
「…ふぅ…」
緊張をほぐすために、深く深呼吸をする。
よし、入ってみよう。
スーッと扉を開けたその瞬間。
ざわり、と空気が動いた。
教室中の視線が、一斉にこちらへ向く。
話し声が止まり、椅子の軋む音すら遠く感じる。
「あのこ、かわいい…」
「モデルとかやってんのかな?」
数十人分の目。好奇心、探るような視線、なんとなくの無関心。
全部が混ざって、肌に突き刺さる。
足先が少し冷たくなって、背中をまっすぐに保つだけで精一杯だった。
みんな小声で話しているせいで、私の耳には何も届かない。
私だけ違う世界にいるみたいでなんだか居た堪れない。
堂々と扉の目の前に立っているのも目立つし、早く自分の席に座りたい。
あれ、でも私の席ってどこだろう。
行く先も分からず、少し身を縮めていると、後ろから先生が声をかけてくれた。
「黒瀬の席は…あぁ二列目の一番後ろだな」
先生、いいタイミング!
その救済の言葉を聞いた私は急いで自分の席へと向かう。
教室のカーテンが靡き、皆の髪を揺らした。春の風が私の背中を後押しする。
気づけば周りからの視線は既に無くなっていて、みんなそれぞれの会話を楽しんでいた。
ただ一人を除き。
「なにあいつ、このままじゃ取られちゃう。私の献くんが…」
とある女の子がそう呟いていた事に私は気づかなかった。