記憶の欠片
 自分の席に荷物を置き、一息つく。

 周りの席の人達はどうやら机に鞄を置いて他の席に遊びに行っているみたい。

 ど、どうしよう。

 私、まずは隣の人と話して友達を作ろうと思ってたのに、これじゃあぼっちになっちゃうかも…。

 私が心細く思っていると、先生が大きな声で話し始めた。


 「よし、そろそろ体育館に行く時間だな、まだ来てない人は…」


 先生が口を閉じ、座席を確認しだした時のことだった。

 ドタドタと大きな足音が廊下から聞こえてくる。

 な、なんだろう、この音…。

 次第に足音は教室に近づいてくる。そして…


 「遅れましたー!」


 勢いよく空いた扉。

 砂埃の中から現れたのは、肩で息をする男の子だった。

 その男の子は汚れを手で払い、乱れた制服を直しながら隣の席に荷物を置いた。

 そして、こちらを向いたと思えば私のことを見つめて、フリーズ。

 その視線に困惑した私も何も言えずに固まっていた。

 しばらく見つめあった後、彼は口を開く。


 「俺、柴野(しばの)献。よろしく!」


 と、ふにゃっと笑って言ってきた。

 その笑顔で、私の心臓は少し脈を加速させた。


 「あ、よろしくね」


 その言葉に彼は頷き、鞄から荷物を取り出し始めた。

 横目で彼を観察してみると、ふわっとした茶髪が視界に入る。

 くせっ毛らしくて、ところどころ自由に跳ねていた。

 肩や腕はまだ細いのに、ちゃんと男の子らしい骨格をしている。

 新品のはずの制服なのに、ズボンの裾にうっすら砂埃がついている。

 入学式なのに、もう外を走り回ってきたみたいで、思わず笑いそうになった。

 彼はくりっとした目で、鞄の中を一生懸命探している。

 その姿はまるで砂場で遊んでいる大型犬みたいで。

 落ち着きなく椅子に座っている姿も、なぜか憎めなかった。


 「…邪魔が入ったからもう一回言うが、そろそろ体育館に向かうぞー」


 苦笑いを浮かべる先生がそう言う。


 「「はーい」」


 クラスのみんなが声を揃えて返事をした。

 そんな中、私が思わず笑ってしまったのは、

 「え、俺先生の邪魔しちゃってた?!」

 なんて、柴野くんが凹んでいるから。

 ——あ、犬の耳だ。

 見えるはずもないのに、彼の頭の上で、ふさっとした耳がしょぼんと垂れている気がした。

 さっきまで尻尾を振っていた犬が、怒られたあとに元気をなくしたみたいな。

 その姿がかわいくて、私はまた笑みがこぼれた。

 さっきまで緊張で固まっていたはずなのに、隣にこんな子がいるだけで、これからの学校生活が少し楽しみになった。

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