記憶の欠片
 その時だった。

 白兎さんのスマホが、短く震えた。

 ポケットから取り出した画面を何気なく見た——はずなのに。

 表示された名前に、思わず目が留まる。

《月城 慧》


「……え?」


 胸の奥が、きゅっと鳴った。

 月城くんの、下の名前。

 慧って言うんだ。

 今さら知ったその事実に、どうしてか少しだけ心が揺れる。


「慧からだ」


 白兎さんはそう言って、少し困ったように眉を下げた。


「俺とあいつ、幼なじみなんだ。小さい頃から一緒でさ」


 幼なじみ——その言葉が、胸の中で静かに反響する。


「最近、様子おかしくてさ。連絡も減ったし、なんか……無理してる感じがするんだよね」


 心配そうに、白兎さんは海の方を一瞬見た。

 月城くん。

 バルコニーで見せた、あのどこか遠い横顔。

 文化祭での、あの妖艶な笑みの裏側。

 もっと聞きたい、と思った。

 彼のことを、もう少し知りたい。


「……そう、なんですか」


 言葉を続けようとした、その時。


「黒瀬」


 三湊くんが、少しだけ低い声で呼んだ。


「稲のところ、行かなくていいのか?」


 はっとして、我に返る。

 ——そうだ。

 稲くんが、外で待っている。


「……行ってきます」


 慌ててそう言うと、白兎さんは「うん、よろしく」と優しく笑った。


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