記憶の欠片
 仲良くなって気づいたのは、稲くんがすごく話すのが好きだということ。

 好きな音楽の話。

 ギターの音の違い。

 授業で分からなかった問題のこと。

 一度スイッチが入ると、控えめだった声が、楽しそうに弾む。


「……先輩、聞いてください」


 そう言って、少し誇らしげに笑う顔が今でもはっきり浮かぶ。

 彼は勉強も、どうやら得意らしかった。


「献っていう兄がいて。毎日、勉強教えてるんです」


 彼のお兄さんは勉強が苦手らしくて、稲くんは一学年上の兄のために先の範囲まで予習しているみたいだ。

 放課後、音楽室で過ごす時間は、いつの間にか増えていった。

 勉強を教えたり、宿題を見てあげたり、時々他愛もない話をしたり。


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