記憶の欠片
そんなある日のこと。
稲くんが、珍しく落ち着かない様子で、ギターを抱えたまま視線を彷徨わせていた。
「……先輩」
「うん?」
「その……自分を変えるには、どうしたらいいですか」
あまりにも唐突で、思わず瞬きをする。
理由を聞くと、彼は少しだけ顔を赤くした。
「こんな俺にギターの才能があるって言ってくれた人がいて……バンド、組まないかって……言われたんです」
嬉しいはずなのに、不安そうで、どこか自信なさげで。
「今のままだと、ダメかなって……」
そんな質問をしてきた稲くんに、私は少し考えてから答えた。
「もちろん、そのままでも充分素敵だと思うよ」
そう前置きして、続ける。
「でもね、髪型が変わるだけで気分って結構変わるんだよ。鏡を見るだけで新しい自分にワクワクするの」
稲くんは一瞬きょとんとした顔をして、それから少し安心したように目を細めた。
「……ありがとうございます、先輩」
そう言って、照れくさそうに笑う。
その時、ちらりと見えた可愛い八重歯が、妙に印象に残った。
その日を境に、稲くんは変わった。
髪型を研究して、服装を気にして、人と話すときも、前よりずっと前を向くようになった。
性格も、少しずつ明るくなっていった。
音楽室で話す声も弾んで、ギターを弾く指先には、以前より自信が宿っているように見えた。
——努力してるんだな、って。
それは、誰の目にも分かるほどだった。
それなのに。
稲くんは、なぜか心から嬉しそうな顔だけは、見せてくれなかった。
笑ってはいる。
楽しそうにも見える。
でも、どこか一線を引いたみたいに、満たされていない。
どうして?
何が足りないの?
その理由が、当時の私には分からなかった。
稲くんが、珍しく落ち着かない様子で、ギターを抱えたまま視線を彷徨わせていた。
「……先輩」
「うん?」
「その……自分を変えるには、どうしたらいいですか」
あまりにも唐突で、思わず瞬きをする。
理由を聞くと、彼は少しだけ顔を赤くした。
「こんな俺にギターの才能があるって言ってくれた人がいて……バンド、組まないかって……言われたんです」
嬉しいはずなのに、不安そうで、どこか自信なさげで。
「今のままだと、ダメかなって……」
そんな質問をしてきた稲くんに、私は少し考えてから答えた。
「もちろん、そのままでも充分素敵だと思うよ」
そう前置きして、続ける。
「でもね、髪型が変わるだけで気分って結構変わるんだよ。鏡を見るだけで新しい自分にワクワクするの」
稲くんは一瞬きょとんとした顔をして、それから少し安心したように目を細めた。
「……ありがとうございます、先輩」
そう言って、照れくさそうに笑う。
その時、ちらりと見えた可愛い八重歯が、妙に印象に残った。
その日を境に、稲くんは変わった。
髪型を研究して、服装を気にして、人と話すときも、前よりずっと前を向くようになった。
性格も、少しずつ明るくなっていった。
音楽室で話す声も弾んで、ギターを弾く指先には、以前より自信が宿っているように見えた。
——努力してるんだな、って。
それは、誰の目にも分かるほどだった。
それなのに。
稲くんは、なぜか心から嬉しそうな顔だけは、見せてくれなかった。
笑ってはいる。
楽しそうにも見える。
でも、どこか一線を引いたみたいに、満たされていない。
どうして?
何が足りないの?
その理由が、当時の私には分からなかった。