記憶の欠片
 海の家に戻ると、白兎と三湊がほとんど同時にこちらへ駆け寄ってきた。


「遅いから心配したんだけど」


「全然戻ってこないしさ」


 二人とも本気で焦っていたみたいで、その表情を見た瞬間、胸がきゅっとなる。


「ごめんなさい」


「……すみません」


 稲くんと私は、ほぼ同時に頭を下げた。

 少しの沈黙のあと、稲くんが一歩前に出る。


「俺……」


 ぎゅっと拳を握りしめて、迷いを振り切るみたいに言った。


「もっと努力します。SEASONのメンバーとして、胸を張れる人になります」


 その場の空気が、ぴたりと止まる。


「自信を持って、誇れる自分になりたい」


 真っ直ぐな言葉だった。

 背伸びも、逃げもない。

 誰もすぐには何も言わなかったけど、一番最初に口を開いたのは白兎さんだった。


「……いいね」


 リーダーらしい、落ち着いた声。


「俺には、みんなを引っ張っていく責任がある。稲が理想に辿り着くまで、ちゃんと道を示すよ」


 軽く笑って、でも視線は真剣で。


「一人で抱え込まなくていい。だって僕らは四人でひとつだから、ね」


 その言葉に、張り詰めていた空気がふっと緩む。

 三湊も肩をすくめて言った。


「じゃあ俺も、バイト仲間として全力でこき使うわ」


 冗談めいた声に、誰かが小さく笑って、それが連鎖するみたいに場が明るくなった。

 ——ああ、良かった。

 胸の奥で、そっと息を吐く。

 それから私は、閉店時間までしっかり働いた。

 注文を取って、片付けをして、砂まみれの床を掃いて。

 気づけば時計はもう五時を回っていて、空は少しずつオレンジ色に染まり始めていた。

 ——きっと、ここからまた始まる。

 失った時間も、遠回りした想いも全部抱えたままで。

 それでも、今はそれでいいと思えた。
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